第17話 彼女?
――
洋子さんへ
連絡が遅くなってすみません。日菜子ちゃんの携帯電話の件なのですが明日何時頃空いていますでしょうか、お返事いただけると嬉しいです。博人
――
博人さんへ
お昼過ぎはいかがでしょうか?朝早くでなければ博人さんの都合に合わせます(笑)
――
洋子さんへ
ありがとうございます!では2時頃で大丈夫ですか?それと集合場所は【あみりんご】の最寄り駅でよろしいでしょうか?
――
博人さんへ
それで大丈夫です!明日楽しみにしていますね!
――
見る人には堅苦しいだの、やり方が古いだの言われるような文通になってしまったが博人の頬はアップルパイを食べたときみたいに緩み切っている。というのもメールなんて仕事以外のプライベートでは唯一の同僚である亮太くらいしか話せる人はいなかった。家族なんてもってのほか、あれは例外だろう。
メールを交わしている相手は可愛らしい女性である、しかも事情を知らない第三者から見ればデートの約束のように見えなくもない。可愛らしい女性とデートの約束をメールでしているのだから有頂天になるもの仕方ない。
「って本当にデートみたいだな、明日何着ていけば良いんだろう」
「おじさんの彼女さんですか?」
「うわぁ」
メールに浮かれすぎていたのか、近くにいた日菜子ちゃんに全く気が付かず接近を許してしまった。最悪な事につい言葉にしてしまった「デート」という単語も聞かれ、果てはメールの内容まで除き見られてしまった。
初めのイメージとは違い割とぐいぐい来る日菜子ちゃんに困惑するも、子供らしい新たな一面を見てホッとする。
「明日どんな服着ていけば良いか悩んでいて、日菜子ちゃんおしゃれだし選んでもらっていいかな?」
「んー?おじさん普通にセンスあると思いますよ。確かに服の種類は少ないかもしれないですが、どれもシンプルで組み合わせやすそうなものばかりですし、私が選ぶよりもおじさんの気分に合わせた服装でいいと思います!」
「そ、そうかな?」
お洒落さんの日菜子ちゃんにここまで言われて自信を持てないような鈍感系ではない博人は、自信を持って明日の服装選びに励むのだったが結局日菜子ちゃんに最終的な確認をお願いする微妙に情けのない終わりに落ち着いてしまったが、また少しづつ心の距離が近づいていく様も感じ取ることが出来、これでいいかと笑みを浮かべるのだった。
「うん、やっぱりおじさんはセンスいいと思います。それで大丈夫ですよ。」
「そ、そうかな。日菜子ちゃんがそういうならこの組み合わせで行こう。」
博人がチョイスしたのはタートルネックの付いた厚手のセーターに、カジュアルなズボンを合わせたシンプルな組み合わせだ。今は2月の上旬、外はとても冷え込んでおりこの組み合わせだけでは冬の寒さに耐えることが出来るか心配だ。セーターの上にはお気に入りのコートを羽織る予定で、日菜子ちゃんに色合いを確認してもらったが「大丈夫」とのことだったので取りやすい位置に掛けてある。
「おじさんの彼女さん喜ぶといいですね!」
「えっ!あっ、ち、違うよ!」
彼女である事を否定していなかったため慌てて誤解であると日菜子ちゃんを説得――したが簡単に納得してくれるはずもなく「楽しんできてください」と10以上離れた年下の女の子の言われる始末。誤解を解くどころか
洋子さんは可愛らしくてお綺麗な方なんですよね?
優しくて素敵な方なんですよね?
彼氏さんや旦那さんらしき人は見ていないんですよね?
おじさんは洋子さんのことが嫌いなんですか?
好きですよね?
と、洋子さんのお母様を彷彿とさせる怒涛の攻撃により、寧ろデートという前提が固まってしまった。
中学生はここまで進んでいるのかと、おじさんになった博人は自分との時代と比べ力なく項垂れた。日菜子ちゃんが特別大人である可能性も今までの生活から鑑みてなくはない線だが、そこまで推理する気力もなくなすがままに翻弄される博人であった。
――
「それはそうとおじさん、明日洋子さんとどこへデートに行かれるんですか?」
「だからデートじゃないって。日菜子ちゃんの携帯を買おうと思ってね、慣れない土地で何かあったら遅いでしょ?おじさんとすぐに連絡する手段は用意しとくべきだと思ってね。」
「えっ」
デートではなく本当の目的を日菜子ちゃんに伝えると、今までの勢いが嘘のように萎びれて文字通り固まった。
「日菜子ちゃん?」
「あっ、え?携帯ですか?」
「うん、性能とか見た目とか流行とかおじさんよくわからないから洋子さんにお願いしてあるんだよ。どんなのが良いか要望は聞けるけど実際お店に行かないとわからないから約束はできない。それでも良ければこんなのがいいとかあるかな?」
「い、いや、携帯買ってもらえるんですか!?」
あまりの食いつきっぷりに半歩仰け反ってしまったが、携帯電話に思い入れでもあるのだろうか?と、博人は疑問に思っていると
「周りの友達はみんな持っていたんですけど、私だけ持ってなくて。それでもお母さんはいつも頑張ってくれていたし文句なんて全然なくて――でも携帯が欲しくて、高校生になったら働いて買おう、それまでは我慢しなきゃって自分に言い聞かせていたんです。だからその、嬉しくって」
来たばかりの日菜子ちゃんの表情を思い出す。悲しさを抱えているが必死に表に出すまいとしている、謂わば「無理を隠している」状態である。グッと下唇を噛み、こみあげる気持ちを何とか抑えようとしている姿は余りにも痛々しい。
「そっか、偉かったね。おじさんに出来ることがあれば何でも言うんだよ。できることは力になるから」
「…。はい、ありがとうございます!」
涙をのみ込み笑う日菜子ちゃん。今の一瞬で心の中で整理をつけ僕に笑いかけてくれたのだろうと思うと、思わず僕が泣きそうになってしまう。少し仲良くなってその感情からは離れられていたが日菜子ちゃんは母親を亡くしたばかりで精神的に不安定なのだと、遠回しに伝えられている気がした。
でも僕が出来ることは日菜子ちゃんのしたいことを応援したり、叶えたりと「今」の日菜子ちゃんを支えることしかできない。過去は自分では帰ることが出来ないが、これからを支えられるように頑張ろうと思いを新たにした。
「というか、今の子って携帯みんな持ってるの?」
「はい、持っていない子の方が珍しいです」
「そ、そうなんだ」
若い子の常識についても知らなければいけないなと、思いを追加した――。
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