第14話 【あみりんご】
「じゃあ気を付けていくんだよ、何かあればおじさんに連絡しなさい」
「はい!行ってきます」
買い物に行った翌日、博人は筋肉痛の痛みに苛まれながらも日菜子ちゃんを送り出すことに成功した。大人の意地で朝ご飯は用意することが出来たがこれ以上動けそうにないと、再び寝室に戻りベッドへと寝転がった。
ふと思い返せば濃い3日間だった。仕事三昧だった僕の生活は一変、よく言えば華やかな生活になったと言える、日菜子ちゃんが来てからというもの薄く長い人生を歩んできた僕の人生の道が急に広がり、障害物や分かれ道が現れたような錯覚を感じている。悪いことだとは全く思わないが戸惑いを隠せないのは事実だが、救われた反面もある。職場の人に良く言われるのだ――主に同僚の亮太からであるが、他に趣味を探せだの、何か新しいことに挑戦しろだの、人の生活に口出ししてくる人間ばかりだった。僕のことに興味を抱いてくれるのは嬉しかったが正味鬱陶しさも感じていた、僕の人生に口を出すな!仕事をしているのだからいいのではないかってね
でも僕が間違っていたみたいだ。【あみりんご】を見つけて唯一趣味と呼べるものが出来た、話の輪が広がったくらいで何も変化はなかったがそう感じていただけで大きな変化だったのだなと今になって思う。日菜子ちゃんがうちに来たことを趣味だ、挑戦だとは言わないが人生に色が生まれ「生」を実感できている気がする。
日菜子ちゃんと【あみりんご】を思い出したらアップルパイをご馳走したいし食べたくなったと笑みを零す。休みと言えば仕事の疲れを取るだけの出来事だった博人は確かな変化を遂げていたのだった。
「よし、買いに行こう」
ガバっと立ち上がり向かう先は【あみりんご】――ではなく家の収納箱がある襖へ向かった。大人の筋肉痛は馬鹿にできない、入院した不用心さを思い出しシップのある救急箱を取り出した。
シップを貼って準備万端!と言いたいが一度ベッドに戻っても叱られないだろうか?おじさんの回復力は年々衰えているもので。
2度寝――いや3度寝を終えゆったりとした足取りで【あみりんご】へと向かった。その様子を見た通行人からは「油の切れたロボットのようだ」と思われるのだが博人は知る由もなかった。
「いらっしゃいませー!あっ、常連さん――じゃなくて博人さん!お久しぶりです!って3日ぶりぐらいでしたよね。ここ最近毎日のように来てくださってたので心配したんですよ、また倒れたんじゃないかって。亮太さんからは博人はここから2週間休みだから毎日来るかもと聞いていたので猶更」
「あはは、久しぶりです洋子さん。それはすみませんでした」
また、余計な心配をかけてしまったことを反省し深く頭を下げる。筋肉が「これ以上無理しないで=!」と悲鳴を上げているのをお構いなしにだ。痛いが我慢できない痛みではない、深い反省の意を込めて長めに頭を下げ続けた
「あ、頭を上げてください!こちらこそすみません事情も知らないのに勝手なこと言って。そもそも食べたいという気分でなかったらお店来ないですもんね。ごめんなさい」
「いえいえ、そんな洋子さんこそ頭をあげてください」
頭下げ合戦は何度か続いたが洋子さんの笑いに釣られ2人とも笑い引き分けとなって終わった。それはそうと来なかった理由を聞かれたのでざっくり遠い親戚の保護者をすることになった旨を伝えると酷く驚いた様子は勿論浮かべたが、同時に納得といった表情もしていた。
「いや、ほんとになんとなくの雰囲気だったんですけど、なんか博人さん若くなったなーと感じてまして。刺激のない人生ってすぐ老いるっていうじゃないですか、いや勿論博人さんが老けて見えるってことじゃないです!!ただ、博人さんにとって刺激のあることがあったのかなーとたまたま想像してたので。勘が少し当たって驚きましたが、なるほどそんなことがあったんですね」
若くなったという言葉が博人の心にストンと落ちた、かけていたパズルの1ピースを嵌めるかのようにぴったりと。「生」の実感は間違っていなかったのだと、自分でいうのもあれだが他人から見ても今の僕は活き活きしているのだろう。
「そ、その。もしかしたらその日菜子ちゃんのお役に立てるかもしれませんし連絡を交換しませんか?博人さんが嫌だったらいいんです!でもでも、女の子だからわかる事だってありますし、私は子供を育てたことはありませんがお母さんも近くにいますし、私は子供が好きですし、博人さんのお体だって心配ですし、それからえっとその――」
早口で捲し立てる洋子さんを初めてみて驚いた。他にお客さんはいないからよかったが、何事かと奥の部屋から少しお年を召した女性が顔をのぞかせているではなか。
「あの、どうも?こんにちは」
「へっ?ひゃあ!お、お母さ!?」
「え、洋子さんのお母様?」
「はい、こんにちは。大きな音を立てるから何事かと思い顔を出してみれば、うちで倒れてた人だね?うちのアップルパイが気に入ってよく買いに来てくれる優しい常連さんって話はよく洋子から聞いてるよ」
「ちょ!お母さん!?」
「お礼なんてよかったのに私にまでお茶を頂いてしまってありがとうねー。とても美味しかったよ」
ただの従業員かと勝手に想像していたが、出てきた女性はまさかの洋子さんのお母様だった。思考が固まり頭の言葉が消されていくのがわかる、お母様のマシンガントークに気圧されこのままフリーズしていてもいいのではないかと悪魔が囁くが、誘惑を振り払い思考を巡らせた。
「お礼だなんてそんな!この間は本当にご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!直接お礼できなかったことも併せて謝罪させて頂きます!そして救急車を呼んでいただきありがとうございました。本当に感謝しております!」
上手く言葉は出ただろうか、正直もう一度復唱しろと言われても言うことが出来ない。感謝と謝罪を思い浮かべて、薄っすらと脳内に出てきた言葉を手繰り寄せたのだから当然と言えば当然だが、何を言ったか思い出せないこの状況に胃が痛む。
「あっはっは、いいのいいの気にしなさんな。うちもお世話になっているんだからお互い様だよ。それより洋子連絡先は良いのかい?よく見たらいい人そうじゃない、結構男前だし仕事もできるんだろう?他の人に取られるのも時間の問題ねー」
「おおお、お母さん変なこと言わないで!」
うん、お母様。感謝はしていますがそのような事を言われては僕も勘違いしちゃいますし、何より洋子さんが可愛そうなのでやめてあげてください、僕の心の平穏のためにも是非
「はいはい、邪魔者は退散しましょうかね。博人さんだったかしら?」
「は、はい!」
「これからもうちをよろしくね」
「だからお母さん!!!」
「なーに?私は【あみりんご】をよろしく頼んだのだけれど?」
「あっ、あっ――もう!こっちのことは良いから!美味しいアップルパイ作ってきて!」
「はいはい、またね」
「はい!ありがとうございました!」
後ろ向きで手をひらひらと振るお母様がかっこよすぎて思わず見とれてしまった。それにアップルパイを作っているのがお母様だったのかと尊敬の念を送った。
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