第13話 買い物
「あっ、おはようございます。おじさん朝早いんですね」
「おはよう」
外食をした翌日、本日は日曜日。日菜子ちゃんの学校は当然お休みであり、博人も未だ連休の最中である。何度も振り回すようで申し訳ないが今日のやることは決まっている。
「ご飯できてるから一緒に食べよう。食べ終わったら定期やら学校に必要な物でも買いに行こうか」
「すみません、お手伝いせず寝てしまって」
うーん、仕方ないと片付けていいものなのか、異様に僕に対して気を遣ってるように感じる。少し無理をしてでも距離を縮めたほうが打ち解けられるかもしれないし、せめて謝罪の言葉が出ない程度の関係をすぐに築き上げるべきだろう。
「気にしないでいいよ、おじさんが仕事の時は自分でお願いするけどそうじゃない日はおじさんが頑張るから。冷蔵庫の物は勝手に使っていいからね!」
「わかりました、ありがとうございます」
なかよくなるにはまだまだ遠いようだ。
「「いただきます」」
炊き立てのご飯、豆腐とわかめの味噌汁、卵焼き、ウインナーソーセージが食卓に並んでいる。日本の朝ご飯と言えばこれ!というラインナップで作ってみたが食えないことはないだろうと保身に走った結果のメニューである。
日菜子ちゃんが料理を口に運ぶまで、博人は料理が喉を通らなかった。人に料理を出すのは数えることしかないので緊張するのは当たり前だと声を大にして言いたい。「美味しいです!」と日菜子ちゃんの口から聞けたときは例えお世辞でも思わず頬が緩んでしまった。
ゆったりとした時間が流れる日曜の朝、2人の間に静寂があろうとも食事に集中という逃げ道のある今気まずさは感じていない。日菜子ちゃんが感じていないかはわからないが何もないよりましなことは確かだろう。箸と食器が当たる音が食卓を賑わせた、時折日菜子ちゃんの表情を確認してはその可愛らしい顔がゆがむ瞬間がないか見てしまっている。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
「私洗います!」
ご飯が終わるとササっと食器を台所に片付けてくれる日菜子ちゃん、洗い物までが料理。小さいころ母からそのように教わった博人は当然自分がやると言おうとしたのだが、折角お手伝いを名乗り上げてくれたのだ、ここはあえてお願いすることにした。
全て自分がやる事が良いことではないとも知っている、知っているが実際にその場面に対面した博人は申し訳なさが心に残り変わりたいなと内面思うのだった。
「ありがとう日菜子ちゃん、後はおじさんがやっておくから準備しておいで」
「わかりました」
残りの作業は食器を拭くだけというところで日菜子ちゃんと交代する。洗い残しもない完璧な状態の食器を見て昔からお手伝いをしていた様子が伺える。食器を洗う手つきもどこか手馴れており、コップに水と洗剤を入れ補給する方法なんかは勉強になってしまった。
状況的には母親が父親(仮)になった程度でさして問題はないのだろう。大人は働いて家には基本日菜子ちゃん一人、昔からの習慣だったに違いない。頼もしくはあるもやはり子供らしさを感じさせぬ行動っぷりには舌を巻くのだった。
「お待たせしました」
「うん、じゃあ行こうか」
待ってないよ!と言えるのが世の男性の理想なのだろうか?準備しておいでと言ってから約3~40分掛かっており、女の子って大変なんだな、長いなという意識が頭から離れずフォローすることが出来なかった。
これでもまだ中学2年生、メイクはしてないように見える。となれば着替えと髪の毛だろうか、子供っぽさも保ちながら清楚という言葉がよく似合う格好でとても可愛らしい。ただシンプルな格好にそんなに時間がかかるものなのかと男との違いに戸惑うばかりだ。
「学校までの道は覚えた?」
「はい、大丈夫です。此処が最寄りですよね?」
「そうそう、階段上ったところに売り場があるから行こうか」
軽く雑談しながら歩くこと数分、未だに心の壁はお互いに感じるものの気まずさ全開の静寂が訪れることは減っていた。比較的話しやすいご飯の時間に頑張ったからに違いない。
「この区間を3か月分――」
「おじさん、もう2月だから1か月分で大丈夫です。春休みに入りますから」
「あ、そうなの?わかったありがとう日菜子ちゃん。すみません1か月に変更できますか?はい、お願いします。」
「文房具はこれとこれ?これも買っちゃおうか?」
「それはまだ使えるやつを持っているので大丈夫です!ノートをもう少しだけ買っていいですか?」
「勿論、じゃあこれとこれだね」
「ありがとうござます」
「少しあのカフェで休憩とお昼にしようか」
「い、いいんですか!?結構高いところなんじゃ」
「ははは、気にしないで好きな物頼みなね」
いう時はちゃんと自分の意見を言える頼もしく、大人顔負けの日菜子ちゃんに助けられながら買い物は進んでいった。不意に見せる年相応の顔は見ているだけでも癒される、大きなパフェが運ばれてきたときの驚きを隠せない目に、緩み切った表情は何度でも連れてきたくなってしまうほどの魔性の魅力があった。
そうだ、近いうちに【あみりんご】のアップルパイを食べさせてあげよう、日菜子ちゃんの驚く顔や舌鼓を打つ表情を想像しながら未だパフェと格闘する本人に照らし合わせた。
「よし、学校の物はこれで全部かな?」
「はい!ありがとうございます!」
カフェを出てから数店舗巡り、お目当てのものは全て購入できた。日菜子ちゃんと共に確認したので間違いはないだろう、見落としがあったとしてもまた買いに行けばいいと思えるだけの物ですぐに支障はでないだろう。
「最後にもう一店舗だけ行こうか」
「???はい」
日菜子ちゃんを連れてきたのは有名な洋服店。有名と言っても日菜子ちゃんが気を遣わないようにお値段が比較的優しいところに連れてきた。引っ越しの時ちらっと見てしまったのだが、制服以外の洋服が異様に少なかったのは脳裏に焼き付いて離れない。おしゃれしたい年頃だろうにと心配になってここへと連れてきたのだ。
しかしこの選択が地獄を見るだなんて格好つけた博人には知る由もなかった。
――
「おじさん、これとこれどっちがいいですかね」
「み、右が素敵だと思うよ。」
「うーん、右ですか、色合い的には左かと思ったんですが確かにデザインは右が素敵かもですね。少し着てみてもらってもいいですか?」
「も、勿論だよ、待ってるから試着させてもらおうか」
「はい!」
「どうですか?やっぱりこっちのほうが良いですかね?」
「どっちも似合ってたよ」
「ありがとうございます、でも私だけだとわからないのでどっちかおじさんに決めてほしいです」
「ほんとにどっちも似合ってたから2つとも買おうか」
「それはダメです!おじさんにそこまでしていただくわけにはいきません!もうちょっと他と比べてみてみますね」
「う、うん行ってらっしゃい」
「これとこれ、今のズボンとどっちが似合いますかね」
「もしかしてさっきと違うものなのかな?」
「え、はい!こことか全然違いますよ。もしかしておじさんから見たら同じように見えちゃいますかね?」
「あ、ははは、ごめんねおじさんじゃ違いがわからないや」
「うーんセンスのいいおじさんから見てもそう見えちゃいますか。確かに系統は同じですもんね、これは辞めておきますか、第二候補を持ってきますね」
「あ、あぁ」
最近の若い子は体力が無限にあるのだろうか?それとも女性の服にかける思いが強いのか?
お昼を食べ、数店舗回った後の現在時刻は2時、そこから実に1時間半は経過している。お昼の前にも色んな店を巡った博人の足は既に使い物にならなくなっていた。使い物にならなくなったのは足だけではない。洋服を見て回りたいだろうと思い今まで買った商品は全て博人が持っていて腕もパンパン。
また、客観的に見てセンスはある方だがさしてファッションに興味のない博人にバンバン意見を求める日菜子ちゃん。日菜子ちゃんの気に入っているだろうなと思う服を全力で考え選んであげる作業を何回も繰り返しているので頭もパンク状態であった。
「ご、ごめんなさい。嬉しくてついはしゃいでしまって。それにこんなにお洋服買っていただきありがとうございました。」
「あ、ははは、日菜子ちゃんが楽しかったならおじさんも嬉しいよ」
洋服店にいたのは実に2時間半、服に掛ける情熱におじさんはクタクタなのだが年相応に喜ぶ姿を見て誰が止められようか、結局最後まで見栄を張って付き合い切った博人は明日の筋肉痛とよろしくやる覚悟を決め帰路へ着いたのだった。
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