第12話 大人

「さて、何から話そうか」


 何とも情けない第一声だと自分でも思うが、この状況で声を出せただけでも御の字だと言い聞かせた。


「わ、私はこれからどうすればいいのでしょうか」


 目の前にいるのは不安な表情を隠せずにいる少女、大人びた返答をできる彼女だがその正体は中学2年生の普通の女の子なのだ。突然親を亡くし、他に頼れる大人も近くにいない状況に立たされたのにも関わらず普通の日常を送らねばならないところに放りだされたのだから不安を隠せなくて仕方ない――というより当然である。

 僕はそんなことするなんて微塵も思っていないが、立場を利用して日菜子ちゃんに家のことを全てやらせたり、虐待したり、果ては体の関係を迫るかもしれない。「ない」とは言い切れない程関りの薄いおじさんの家に送り出されたのだから。


「日菜子ちゃんは何も気にしなくていい――と言っても気にしちゃうよね?でもお金や進路のことは何も気にしなくていいよ。相談位はしてほしいけどね!高校に行った後専門に行くもよし、大学に行くもよし!おじさんは日菜子ちゃんを応援するよ。学業に関わるお金に関しては日菜子ちゃんら子供が気にすることはない。そこは大人を信用して欲しい。あって間もない大人で不安な気持ちもあると思うけどね」


 これ以上の不安を与えないように、笑顔は勿論のこと真剣に話すところは真面目に、ちょこっと笑いを誘うような抑揚で緊張を何とかして取り除こうと頑張った。この努力は無駄ではなかったと信じたい。


「ありがとうございます」

「普段の生活はやってみないとわからないから2人で助け合いながら暮らしていこう。不満があったら遠慮なく言っていいからね」

「は、はい!」


 話をしたいと言いながら大した話もできなかったし、内容を振り返れば何にも決まっていないことが明らかなのだが一歩前進したことは確かである。これから同じ屋根の下で共に暮らしていく仲である、打ち解けていくのも意見が分かれることがあろうとも長く一緒にいることが決まっているのだから焦る必要もないだろう。


「「あのっ――ど、どうぞ」」


一度会話が途切れれば待っているのは静寂である、この関係で起こる静寂は何とも気まずくできれば話をしていたい。両者同じ思いを抱き、その思いが通じ合っているのか同タイミングで話を切り出し、またしても「どうぞどうぞ」状態に陥ってしまう。意思が通じ合っているのか合っていないのか微妙な嚙み合いに何とも言えない気持ちになった。


ギュルルル


「!!!す、すみません」


 再び静寂を切り裂いたのは可愛らしい獣の呻き声、音は日菜子ちゃんのお腹から鳴っていた。引っ越しが終わり現在の時刻は6時を超えている。夕食の時間が早めな家庭であればすでに食卓を囲んでいる時間帯だ、それに日菜子ちゃんは中学2年生という成長期真っ盛り、お腹に潜む獣が声を上げるのは至極当然のことだろう。


「ははは、いいんだよ。僕もお腹空いたしご飯にしようか!日菜子ちゃんはお肉とお魚だったらどっちが好きかな?」

「どっちも好きです」

「今の気分は?」

「じゃ、じゃあお肉が――」


 優しくて謙虚な子だと思っていたから2度聞いて正解だった。魚も好きなのは噓じゃないだろうと思うが、やはり好きな方はあるだろう。子供に遠慮してほしくない、大人の見栄だろうか?使命だろうか?少なくとも博人は子供に遠慮してほしくないと考えている大人なので、意見が言いやすい食事を日菜子ちゃんに選ばせていた。


 またしても強引な誘い方だと思ったが、日菜子ちゃんを連れだして近くのハンバーグ専門店へと足を運んだ。一人暮らし歴の長い博人は勿論自炊は出来る、味の好みはあれどそこそこ美味しいと言い張れるレベルには自炊しているつもりだ、しかし日菜子ちゃんの歓迎会という意味も込め外食を選択した。ご飯を食べている最中、日菜子ちゃんの顔から初めて笑みが零れたその姿を見て内心ホッとしたのは内緒にしたい。


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