第7話 気疲れ

「いらっしゃいませー!あっ!お客さん!お久しぶりです!」

「お久しぶりです、仕事がだいぶ立て込んでまして。心配していただきありがとうございます。また通います――ね――」


バタン!!!

 大きな音が店内に響き渡る。なんだろうか何かが倒れたのか?お世話になっているし手伝おう――あれ、身体が動かない。倒れたのは僕か?あれ、意識が


「お客さん!?お客さん!!!お、お母さん!救急車!」


――


「うっ、どこだろここ」

 頭痛がし起き上がると病院のベッドにいることがわかる。【あみりんご】にいたのでは。記憶を呼び起こそうとすると再び頭痛が襲う、痛いが思い出せた。仕事が終わって銭湯に行き帰りに【あみりんご】へ寄って店員さんと話しているときに倒れたのだ。


「岸田さん、目覚めましたか。調子はどうですか」


 様子を見に来たのであろう看護師さんに体調を聞かれるが頭痛以外に大した障害はない、素直に大丈夫だと伝える。


「そうですか、よかったです。岸田さんは過労で倒れられたのですよ、もっと身体をご自愛してくださいね。一応今日と明日はこちらで過ごされてください。」

「はい、ご迷惑をお掛けしてすみません。」

「いえいえ、それでは失礼します」


 色んな所に迷惑をかけてしまったな。幸い仕事は終えて休みだから会社に支障がないのは良かった――っていの一番に会社の心配をしているから過労で倒れるような事態になってしまったのだな。心の中で深く反省をし、看護師さん、先生、そして救急車を呼んでくれた店員さんに感謝する。特に店員さんには悪いことをしてしまった。心配をかけたうえに心配を重ねるなんて。退院したら手土産をもって謝りに行こう、博人はそう決心したあと意識を再び手放した。

 疲れていることは知っていたが、自分の想像以上に身体は酷使されていたのだろう、襲い掛かる睡魔に抵抗できず、すぐに深い眠りへとついた。


――


「よっ、起きたか」


 再び目を開けるとそこには別れた筈の亮太が、博人のベッドの前に立っていた。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべ僕の顔を覗き込んでいる。


「亮太?」

「おう、なんかごめん。博人がそこまで疲れてるなんて思いもよらなかったからよ。言い訳になるが倒れるのなんて俺くらいだったし、ギリギリでも体調管理はしっかりしてる博人がまさか倒れるなんて思いもよらなかったからさ」


 確かに亮太の言う事に間違いはない。よく仕事を抱え込み体調を崩し会社内で倒れるのは亮太であった。それに僕は倒れたことが無い、昨日だって言ってしまえば【あみりんご】に寄らなければ家につき即眠りについていたのだから外で倒れるなんてことはなかっただろう。しかしこれは誰のせいでもない。結局自分の限界を知らなかった僕が悪いのだから。


「まだ疲れてるよな」

「もう沢山寝たし大丈夫だよ、心配ありがとう。」

「――おう」


 お互いここまでの大事になるなんて思いもしなかったため変な間や、どこに視点を移せばよいのかわからずギクシャクとした雰囲気に包まれた。しかし、気の利いたイケメンはその場の空気を察してか後ろの荷物を持ち「これ」と言いながらあるものを手渡した。


「これって!?」

「【あみりんご】のパイ。博人のお土産買いに行きながら店員さんに説明してきたわ。過労だって話したら「重大な病気じゃなくてよかった」だと。」

「そこまでして貰ってほんとに申し訳ない。店員さんにお礼や謝罪したいんだけど連絡先どころか名前も知らなくて」

「まぁ店員と常連の関係だしな。」

「そうなんだよね」


 ただの店員と常連。ごく普通の関係であるのにも関わらず迷惑に迷惑を重ねてしまうという事態を引き起こしてしまったことに改めて頭を抱えた。


「起こしてしまったことはもう仕方ないか、誠心誠意謝ろう」

「おう、そうしとけ。じゃ長居するのもあれだし俺帰るわ。ちゃんと治せよ」

「ほんとにありがとね!今度飯おごる!」

「おっ、新しくできたパスタ屋気になってたんだよね~、よろしくな」

「おう」

 亮太がいなくなると途端、部屋は静寂に包まれた。広い病院の一室にベッドは6台置かれているが博人以外患者はいない。騒ぎ立ててはいないが何も気にせず話が出来ていたのはそのようなからくりがあった。家に帰れば一人という状況なんて当たり前で静寂なんて慣れ切ったものだと思い込んでいたが、いざ知らない場所で一人取り残されると寂しいものだ。何か寂しさを紛らわそうにも携帯の中に入っているアプリにゲームなんかの暇を潰せるようなものは何も入っていない。


「寝るか」


 何か暇を潰せるものをと考えていたが結局睡眠という結論に至った。というより睡眠以外の選択肢が残っていなかったともいえる。目を瞑っていれば起きたばかりでも眠りにつくことは出来るであろうと高をくくり、睡眠のしやすい体制に身体をくねくねさせ動かすと亮太の置いていった紙袋が目についた。お腹は正直空いていない、ただ紙袋が目に入った瞬間無性に食べたくなった。

 確実に【あみりんご】のアップルパイは博人の胃を鷲掴みにしている。お腹の空いていないこの状況でアップルパイを欲していることが何よりの証拠であろう。

 少しベッドから上体を持ちあげ紙袋を手繰り寄せた。中を見やるとよく見たアップルパイと2つに折りたたまれていた紙が入っていた。なんだろうと思い紙を広げて目を通すと【あみりんご】の店員さんからの手紙であった。

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