第4話 再会
アップルパイの入った紙袋を受け取ると足早に店外へと出る。大人だから帰路を走ったり――なんて子供じみた真似はしない。ただちょっと早歩きになるだけさ。
博人の気持ちは既にアップルパイへと満たされていた。遠く離れた恋人に会いに行くように、焦がれた気持ちは最早抑えることは叶わない。専門学校を卒業し20歳で就職、10年も同じ道を辿っているはずなのになんだか道のりが長く感じた。青色に変わるまで信号機を見つめたり、最短で曲がれるよう道の端ギリギリを歩く。たまに前を通る自転車に歩みを止めるたび、アップルパイが冷めてしまう!と不安になる。また、とても短い横断歩道に対してここにそんなものいらないだろうと思ったりもした。アップルパイを持っていなければこんなところに横断歩道があったなんて記憶を呼び起こせない程なのに。
――
「ただいまー」
勿論誰も家にいやしない。習慣ってやつだ、いただきます、ご馳走様でしたと同じ、意識せずとも出てしまう。
カチッ
今すぐに食べたいという気持ちを抑え、電気ポットの電源を押す。3分もしないでお湯ができ、普段であれば気が付かぬうちに終わるのだがやけに長く感じる。すでに愛用のマグカップに粉のレモンティーを入れ横に置いている。机の上にお皿を出しアップルパイを一つおいている。スーツも上だけ脱ぎ準備万端なのだ。
コポコポ――カチッ
湯が沸けた合図とともに流れるような仕草で、カップにお湯を注ぐ。マドラーでくるくると回しながら机へと向かった。
「いただきます」
遂にご対面。まずはチョコアップルパイをと皿の上に出したそれを掴む。チョコアップルパイはシンプルなアップルパイより一つ少ないため真ん中に挟んで楽しんでもいいのだが、どうせならお腹の空きが十分で美味しく頂けるときに食べたいと思い手を出した。
ビリビリっと薄紙をひん剥いて、チョコアップルパイを見やる。色が黒だからか何とも高級感溢れる見た目だ。唇にその黒色が付かないよう大きな口を開けかぶりつく。
苦い!
反省を一度下にも関わらず「チョコ=甘い」の考えを完全に捨てきれなかった博人は、あまりの苦さに驚く。朝の目覚まし代わりにブラックのコーヒーを飲む博人なのでただ驚いただけだが、今はこんな苦いチョコレートがあるのかと目を見張った。パイ生地はチョコレートに侵略されており、あのサクサク感は薄い、しかしチョコのパリパリ感と生地のサクサク感が相まって面白い触感になっている。そして感じる濃厚ソース、舌に乗った瞬間シンプルなアップルパイに比べ甘さが控えめになっていると瞬時に感じ取った。うん?全体的にビターな仕上がりなのかな
と思った瞬間、ドッと甘みが口の中を塗り替える。なんだこれはと、咀嚼を繰り返しながら考察しチョコレートの苦みにより甘さを敏感に感じ取っているのだと悟った。そして濃厚ソースの甘さが控えめであったこともここで活きてくる、甘すぎにならないのだ。シンプルなアップルパイで感じた濃厚ソースの甘みであればきっと甘すぎて唸っていたであろう。もしかしたら難しい顔を浮かべたかもしれない、だからこその控えめな甘さだったかと、壮大な伏線回収をした映画のような感動に全身の鳥肌が立った。
苦い、甘い、苦い、甘い、のコンボで永久に食べられる。気が付いたときには手の中からチョコアップルパイは消えていた。
幸せを噛み締めたあと、愛用のマグカップを手に持ち替えレモンティーを啜った。余程早くチョコアップルパイを食べ終えていたのか口に含んだ液体は熱かった。
「ほぉー」
そして思わず零れてしまうため息、言葉に表しがたい幸福感が博人を包み込む。お腹の具合は――まだ余裕がありそうだ。いや、もしかしたらないのかもしれない、ただ誰が博人を止められようか、この家には博人しかいないもはや止める者は何もない!と一人妄想を膨らませながら次のアップルパイへと手を伸ばした。
「うん、これこれ」
今回はじっくりと味わっていただく。やはり、チョコアップルパイのソースと比べシンプルなアップルパイの濃厚ソースは甘い。そんな比較を楽しみながら一口、また一口とアップルパイにかぶりつく。
そうして3つあったアップルパイは紙袋から消えた。
「あーもう食べられない」
ギュルギュル
と苦しそうになく獣をさすり落ち着かせる。主も苦しいんだよ食べ過ぎてごめんよーといった具合に。結局のところ全部食べてしまった、お腹は苦しい、立つことに拒否反応を起こすくらいに苦しいがそれ以上に幸せが勝っていた。
そして改めて思うのだ「また行こう」と
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