第3話 同僚

ジリリリリ――ガチャ


 いつもの時間に騒がしくなった我が子を止める。我が子といっても目覚まし時計なのだが――今日も今日とて会社の仮眠室にて目を覚める。同じく仮眠室に泊まっている同僚に挨拶をし、2人で給湯室へと向かった


「コーヒー?紅茶?」

「あー、紅茶で頼む。砂糖はなしで、目覚める為に渋くしてくれ。ふぁーあ。」

「はいよ、亮太は昨日も泊まったのかい?帰っているのかい?」


今話している同僚は博人の唯一の同期で名を佐藤亮太という。彼は仕事自体とても出来会社内でも抜きんでて優秀なのだが、一人で抱え込んでしまうせいで年に数度倒れてしまうので凄く心配だ。


「うんー、今日で3日目かな、もう少しで終わりなのよ。これ終わったら纏まった休みくれるっていうしもう一踏ん張りってとこかな、というか博人に心配されたくねーよ。お前、纏まった休日取っていないだろ、クリスマスシーズンの仕事まで引き受けて――身体壊れるぞ。うおっ渋―」


 確かに、と思いつつもこれが性分なのだから仕方がない。仕事以外に趣味なんかのすることもないし、家にいても暇なだけだ。会社の上司や、お偉いさんに最低限の休みは強制的にとらされているから休んでないことはないが、亮太の言い分は僕よりも正しい。そのため博人は笑ってごまかした。


「笑ってごまかしやがって」

「あ、あはは」

「はぁ、気をつけろよ」

「うん、ありがと」

「んーと、結構早く起きちゃったのか、まだ割と時間あるな」

「1時間ちょっとはありそうだね」

「紅茶で目は覚めちゃったし銭湯でも行く?後飯―」

「そうだね、昨日は疲れてそのまま寝ちゃったし僕も行くよ」


 会社にシャワールームなんて大層な物はない、その代わりと言っては何だが、会社を出てすぐの場所に銭湯がある。若干外装は年季を帯びているものの、湯船は広く寛ぎやすい、タオルも貸出物があるし何より安い。泊まり込みで仕事をするここら周辺の社会人はかなり利用しているだろう。近くの取引先の方とばったり遭遇した時はさすがに驚いたものだが、その出来事が原因で円滑に進み、銭湯の友、湯友として仲良くさせてもらっている。そんな過去を回想しながら亮太と共に銭湯へと向かった。


――


「だぁぁあー生き返るー」

「あー気持ちいい」


 本日(?) 二回目の銭湯、仕事を終えた博人と亮太はたまたま帰りの時間と、帰ることが出来る日が同じだったため朝と同じように再度銭湯へ入っていたのだ。2回目といっても翌日の朝なのだが、そんなこと日常茶飯事であるため両人は気にしていない。


「博人―これから飲みにいかね?」

「いいけどもう朝だよ、店がやってないだろうに」

「ぬあーそれもそうかー」

「朝飯なら食べてないし、どこか寄ってく?」

「行く」


 久しぶりに仕事以外の世間話に花が咲き、亮太との雑談は途切れることなく朝食を食べ終えた。どんぶり屋に入るか、少し待って蕎麦屋に入るか。朝からこの肉は重いだの、服がよれよれの上にタレがついてしまっただのほんとに他愛もない話だったがとても楽しかった。それに帰り道が真反対の亮太には申し訳ないが、自分にはもう一つの楽しみがある。そう、アップルパイ専門店【あみりんご】だ。今すぐにでも向かいたかったのだが如何せん時間がまだなのだ。銭湯に入り飯を食べダラダラ過ごして時間を潰していた。まっ直ぐ家に向かわなかったのは学生の時以来で、11時に近づくにつれ気持ちが高揚していく様が自分でも手に取るようにわかる。逸る気持ちを抑えつつも【あみりんご】の目の前についたのは11時ちょうどであった。

 今日はお店の前に「open」の看板が掛かっており既に空いている状態だった。軽く店内を舐めるように確認し、ちゃんと空いていることを確認してから店の境を跨いだ。


「いらっしゃいませー、あっ!この間の」

「ど、どうも」


 あまりの元気っ子に一瞬たじろいでしまうが、僕を見て笑いかける笑顔を見て晴れやかな気持ちになる。


「また来てくださったのですね!嬉しいです!」

「えぇ、前回お勧めしていただいたアップルパイがとても美味しくてまた来てしまいました」

「ふふふ、それじゃあ今日はたくさん買ってくださいね」

「勿論です!一つしか買わなかったことに後悔してしまいましたから」


 無難に挨拶を済ませるつもりだったが、店員さんの明るさに釣られ年甲斐もなくはしゃいでしまう。図らずも声が大きくなってしまい、キョトンとした顔を向けられてしまった。ハッとなって顔や声のトーンを取り繕ったが時すでに遅し、またしても店員さんに笑われてしまったが、その空気感さえも癒しになっていた。

 それでも恥ずかしさは消えることはなくごまかすように今日のおすすめを聞いた。はーい、と言って準備をしてくれたのだが軽く笑っていた、僕の誤魔化しに乗ってくれたのだろう。そう思うとまたしても恥ずかしさがこみあげてしまう。


「今日のおすすめはこちらです!チョコアップルパイです!」


 ショーケースから取り出されたのは、パイ生地全体にかかった黒い塊。大きさは前回食べたシンプルなアップルパイと同じサイズとのことだが、全体が黒い影響か一回り小さく見えた。


「これまたシンプルですね」


 全体がチョコまみれなのにシンプル?と思うかもしれないが【あみりんご】においてあるアップルパイは他にも奇抜なものが多く、チョコが掛かっただけというシンプルさを感じた。


「えぇ、きっと気に入ってくださるはずです!あっ、チョコはお嫌いでしたか?」


 嫌い――ではない、但し甘いものが得意という事ではないのだ。前回のアップルパイこそくどいと感じることはなかったが、最後の薄いリンゴの層が無ければどうかわからなかった。


「すみません、実は甘いものが特別強いわけではないのでちょっと重そうだなぁーと思ってしまいまして」

「なるほど、確かに見た目だけ見ればそう感じるかもですね。でも、このチョコレートはビターな大人チョコレートなので見た目ほど甘くはないのですよ!寧ろ、シンプルなアップルパイよりも甘さは控えめですよ」

「えぇ!?」


 パイ全体を包むほどチョコレートがかかっているのにも関わらず、前回食べたアップルパイのほうが甘いと知りのけぞって大きなリアクションを取ってしまう。

チョコ=甘いという方程式を頭の中で描いていた博人は、古い考えだったのだなと心の中で反省。それよりも甘くないのであれば気になるというまぁ現金な考えが思考を支配する。そこに反省の色は既に薄れているが誰にも迷惑は掛かっていないので許してほしい。


「ふふ、チョコアップルパイのほうが甘くないなんてびっくりですよね、私だって驚きましたもん。それでどうですか?食べてみたくないですか?」

「ははは、商売がお上手ですね、是非頂きたいです。あ、それとシンプルなアップルパイを1つ――いえ、2つほどお願いします。」

「わー、ありがとうございます!今すぐ包みますね」


 チョコアップルパイを1つにシンプルなアップルパイを2つの合計3つ。本当はお前甘党じゃないのか?と自分でも突っ込みを入れてしまう位買ってしまったな。さっき亮太と朝ご飯を食べたばかりだから3つもお腹に入るかわからないのに。


「お待たせしましたー!」

「はい、ありがとうございます。お会計はこちらに置いときますね」

「――はい、丁度ですね。またお越しくださいね~!」

「えぇ、また伺います!」

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