落第組 002
一階から九階に割り振られている一年生用の階層は、神内功が生きていた世界の学校と似た部分が多く見られた。見たことはないのに知っている不思議な感覚に襲われながら、レグは廊下を歩く。
――高校……っていうよりは、大学の方が近いか。
ふらふらと廊下を歩き、目に入った教室内を覗くと、中は緩やかな階段状になっていた。木製の長机が複数、段々になっていて、一番低い入り口側に教壇がある。
その内装を指して大学だと思ったのだが、しかし自分は大学を知らないはずなのに、神内功は知っているという不調和に頭を抱えた。
――やっぱり、俺は神内功でもあるんだよな。
一週間前、学長室で告げられた自身の出自。
自分は転生者で、呪いの子だと――レグはまだ、受け止めきれずにいる。本来なら処刑されなければならない存在だと聞かされ、はいそうですかと納得できる程、彼は成熟していない。
「……」
――俺が使える人間だと示さなければ、命はない、か。
イリーナと学長のやり取りを思い出す。
卒業までの間に、いかに自分が有能だと周りに認めさせるか――しかも、呪いの子だとバレないように。結構な無理難題だとレグは思ったが、しかしあの場で即殺されるよりは大分マシな判決なのは確かだ。
――……それに、イリーナさん。あの人が、俺に生きていてほしいと言ってくれた。
自分が転生者であると知らされずに育てられてことには、些か不満がある。だが、気丈な彼女が見せた母のような優しさに――レグはある種の感動を覚えていた。
彼女のためにも、そして何より自分のためにも、何としても死ぬわけにはいかないと、彼は決意を新たにする。
「おい、邪魔だよ」
そんな風に物思いに耽っていると、背後から声を掛けられた。
最近何かと後ろから話しかけられるなと思いながら振り返ると――そこには一人の少年が立っていた。
「……」
「……んだよ。じろじろ見てんじゃねえ、人間」
チッと舌打ちし、少年は教室に入っていく。
その荒々しさには人を寄せ付けない不良っぽさがあったが……レグは、そんな彼の頭頂部に目を奪われていた。
――ね、猫耳だ……。
つい一カ月前まで「辺境の森」から出たことのなかったレグは、初めて見る獣人に驚く。
獣人。外見の特徴として、身体のどこかに固有の動物的形状が見られる種族。
件の少年は、頭頂部にその特徴が表れていた――猫耳である。
「……って、あれ」
少年を目で追っていたレグは、この教室こそ自分が通うことになっている「一年・F組」であると、遅まきながら気づいた。
ふうと息を吐きだし、教室内に入る。
中には、レグを除いて十四人の生徒が、会話なく着席していた。先程の猫耳の少年は一番後ろの席にふんぞり返り、態度の悪さを隠そうともしない。
彼にはあまり関わらないようにしようと視線を逸らし、空いている席を探すと――ふと、一人の少女が目に入った。
その青い髪と瞳は、川のせせらぎのような静かさを帯びていて――凛とした顔立ちは、内から染み出す気品を現わしている。
そしてこの教室の中で唯一――魔術師のみが着ることの許されている、ローブを身にまとっていた。
「……あなたは」
青い髪の魔術師は、レグの視線に気づく。この少年が数日前にぼったくり商人に絡まれていた人間だと、彼女の方はすぐに思い出す。
しかし、レグの方は、全くピンとこずにいた。どこかで見たことがあるような……というくらいの、曖昧な表情を浮かべる。
「あ、レグ!」
そんな他人に興味のない彼の名を呼ぶ少女――サナ・アルバノ。
彼女は手を振りながら、立ちすくんでいるレグの元にやってきた。
「ん? あー、えっと、さっきぶり」
数分前、【ワープ】の使い方を教えてくれた赤い髪の少女、サナの名前を、レグは既に忘れている。
「あなたもF組だったのね。言ってくれればよかったのに」
「……『落第組』がこのクラスだってこと、知らなくてさ」
「……? そうだったの。【ワープ】の使い方も忘れてたみたいだし、レグって抜けてるのね」
「まあ、よくそうやって言われてたらしい」
「なんで他人事なのよ。面白いわね、レグって」
笑顔で話しかけてくる彼女に悪い気はしなかったが――しかし、ついさっきまで会話のなかった空間で突然始まった掛け合いは、当然周囲の注目を集める。
「ここが落第組だと知らないだって? 人間は呑気なもんだな」
教室の後ろから、冷笑と共にそんな言葉が飛ぶ。
声の主は、鋭い目つきをした獣人の少年だった。
「なによ。いきなり感じ悪いんじゃないの、猫のシルバくん。ストレス溜まってるなら、またたびあげようかにゃ~」
猫耳の少年と旧知なのだろう、サナはそんな風に挑発する。
「……てめー、猫扱いしたら殺すって言ったよなぁ、サナ!」
猫耳の少年――シルバ・チャールは激昂した。
勢いよく椅子から跳ね上がり、逆さまの体制になって天井に両脚をつける。
「【
シルバがそう吠えると、天井に接していた彼の両脚が光り出し――直後、弾丸の如きスピードで、彼の身体が発射された。
獣人は体内に魔素を持つが、それをコントロールする魔力がない。そのため、「術技」と呼ばれる独自の技を編み出した。シルバの用いた【野獣の牙】もその一つである。
全身の身体能力を大幅に向上させ、魔素によって光の爪を作り出す――シルバの家系に代々伝わる術技だ。
「きゃあっ!」
彼の動きは、人間が目で追うのがやっとな域に達している。不意打ちで標的にされたサナはその速度に圧倒され、思わず目を閉じてしまった。
そんな彼女の小さな体を、シルバの右手が捉えようとした瞬間。
「それはちょっと、やりすぎなんじゃないか」
レグが――シルバの右腕を掴む。
「なっ……てめえ……」
【野獣の牙】による攻撃が見切られた衝撃と、掴まれた右腕が全く動かせないという事実に、シルバは驚愕していた。
「サナも、人が気にしてることを言うのはよくないと思う。ここはお互い悪かったってことにして、一旦手打ちにしようぜ」
「え、ええ……」
助けられたサナも、目の前で獣人の腕を締め上げているレグを見て、驚きを隠せない。
――人間が、魔具も使わずに「術技」に対抗するなんて……そんなのあり得ないわ。
彼女の驚きを、クラスにいる全員が一様に感じていた。
ただ一人。
青い髪の魔術師を除いて。
「おい、人間、いい加減に離せよ……」
「あ、ああ。ごめん」
シルバの言に従い、レグは掴んでいた手を離す。その素直な態度に、シルバは毒気が抜かれたように溜息をついた。
「……お前、名前は」
「……俺は、レグ・ラスター」
「そうか。俺はシルバ・チャールだ。覚えとくぜ、レグ」
「そうか。俺は覚えられないと思う」
「……なんだそりゃ」
レグとの間の抜けた会話に、シルバは笑った。
神内功時代はぼっちを極め、転生してからはイリーナ以外とまともに話していなかったレグにとって、同級生との会話はどうしてもぎこちなくなってしまうのだ。
「ま、いいさ。精々人間同士、その女と仲良くやってな」
「いや別に、サナとは仲良くないんだけど」
「酷くない⁉ そこまではっきり言う⁉」
「はいはーい、そこまでー。みなさん席についてくださいねー」
不意にガラッと教室の戸が開き――長身の男が姿を現す。
その風貌は生徒のそれではなく、教師のもの。
そして彼の両耳は、ツンと横に尖っていた。
「このクラスの担任を務める、メンデル・オルゾと言います。種族は見ての通りエルフ。落第組のみなさん、一緒に楽しい学園ライフを送りましょー」
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