落第組 001
学園ソロモンの本校舎と呼ぶべき場所は――中央にそびえる、巨大な塔そのものである。
塔の周りには医療施設や寮、庭園や売店など、さまざまな施設があるが……ソロモンを象徴するのは、やはりあの巨塔であることに変わりはない。
一階から百階までの階数を有する塔は、まず学年ごとに階層が分かれている。
一階から九階は、一年生。
十階から十九階は、二年生。
二十階から二十九階は、三年生。
下級生は上級生の階層に立ち入ることはできず、学年を越えた交流はあまり行われていない。もっとも、毎年冬に開催される「全学年対抗大演習会」は別だが。
そんな学園ソロモンの一年生として入学することになったレグ・ラスターは、塔の前で一人ポツンと佇んでいた。
「……」
挙動不審に周囲を見渡し、落ち着かない様子のレグは――制服のポケットから一枚の紙を取り出す。
そこには、彼がこれから通う教室の場所と名前が記してあった。
行くべき場所が定まっているのに、どうして彼が動かないのかといえば、答えは明白だ。
行き方がわからないのである。
「どうやって入るんだよ……」
開門と同時刻になるよう下宿先を出て、いざ塔の前までやってきてから三十分。
入口のない建造物の前で、レグはただ立ちすくむしかなかった。
塔への出入りや階層の移動には、学生証を使う。それにあらかじめ込められた空間移動魔法によって、任意の階へ行くことができるのだ。
実際、レグの横を通り過ぎる学生たちは塔に近づき、学生証に備わった魔法を使うことで、空間移動をしている。その魔法は【ワープ】といい、レグが学長室へと連れていかれた時に食らった魔法でもある。
その発動条件は、行きたい階を脳内で呟くという、ただそれだけ。
それだけなのだが、しかし使い方の分からないレグにとっては、目の前で人が消えていくようにしか見えていないのだ。
「こうか、いや、こう!」
見よう見まねで学生証をかざすも、何も起きる気配はない。
普通に考えれば周りにいる誰かに尋ねればいいだけなのだが、神内功時代から生粋のぼっちであるレグは、見知らぬ他人に話しかけることを酷く苦手にしているのだ。
――なんで魔法が発動しないんだ……。
人目を避けて少し離れたところで学生証を振り回す彼は、どう見ても不審者だろう。本来なら入学者説明会の時に学生証の使い方を教わるのだが、生憎特殊な受かり方をしたレグは、その説明を受けていない。
「くそ……」
こうなったら恥を忍んで誰かに訊くしかないかと、彼が覚悟を決めた時。
「あなた、さっきから何してるの?」
背後から声を掛けられた。
声の主は、燃えるような赤い瞳をした少女。
「大丈夫? もしかして、【ワープ】の使い方を知らないの?」
少女は奇怪な行動をするレグを心配して、声を掛けてくれたようだ。そしてその心配は的を射ていた。
「えっと……多分、そうみたいで……」
「魔法を使えない私たちには酷よねー。校舎の移動に魔法を使わなきゃいけないなんて」
赤い髪の少女はそう微笑む。愛想笑いの部類だが、しかし――対人能力の低いレグを安心させるには、充分な効果を持っていた。
「私たち、って?」
「あなた、人間でしょ? あたしもそうなの。で、あなたと同じく一年生ってわけ……ま、クラスは違うと思うけどね。私はほら、落第組だから」
少女は自嘲気味な顔で言う。
学園ソロモンでは種族別クラス制度を採用しており、魔術師組、エルフ組、獣人組、人間組と、種族ごとにクラスが分かれ――順にAからアルファベットが振られている。ちなみに、数の多い人間クラスは、成績順に二つに分けられている。
従って、各学年にはA~E組までが存在するのだが――もう一つ。
受験の点数が足りなかった者たちを、種族関係なく一緒くたにしたクラス――F組が存在する。
言ってみれば補欠合格のようなものなのだが、F組に入ることは好ましくないとされているのが現状だ。いくら名門に入学できるとは言え、補欠だという事実は卒業後の評価に響くことになるからである。
そんな事情から、F組は「落第組」と揶揄されているのだ。
「あ、ごめんごめん。あなたには関係なかったよね……。それじゃ、魔法の使い方、教えてあげる」
少女は取り繕うように笑顔になると、学生証を取り出す。
「いい? 頭の中に行きたい階を思い浮かべて、そして【ワープ】と念じるの」
レグは言われた通りに学生証を構え、二階に行きたいと念じ――心の中で【ワープ】と唱えた時には、見知らぬ廊下に立っていた。
「おお、すごい」
思わず感嘆の声が漏れる。イリーナとの修行で嫌という程魔法は見てきたが、自分が使うのは初めてだったレグは、改めて学生証を見つめた。
「じゃ、私はこれで。同じ人間同士、仲良くしましょうね」
言って、赤い髪の少女はレグに背を向ける。同年代の子から親切にされた記憶などない彼は、嵐のように過ぎていった彼女の背を見て。
「あの、俺、レグ・ラスターっていうんだけど」
自然と――声を掛けていた。
それは神内功であれば考えられない行為で……勝手に口が開いてしまったレグは、途端に気まずくなって閉口する。
「……私はサナ・アルバノ。よろしくね、レグ」
少年の声に応え、赤い髪の少女――サナは振り返る。
ニカッと快活に笑う姿を真正面から見たレグは――誰かの顔をしっかり見るのは苦手だなんて、そんなことを思ったのだった。
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