落第組 003



 メンデル・オルゾと名乗ったエルフは、教室内をぐるりと一周見回す。



「うんうん、今年は中々骨のある生徒がいるみたいで、先生は嬉しいですよ。落第組に入る生徒は、毎年死んだ魚のような目をしていますからね」



 言いながら、彼は黒板に文字を書いていく。



「さて。みなさんご存じの通り、今日はほとんどやることがありません。ガイダンスですね、ガイダンス。履修の話をちょこちょこっとして、後は各自解散ですねー」



 針金のように細い体躯をくねらせ、長い髪を左右に振りながら、メンデルは言う。


 その緩い雰囲気に飲まれ、自然とクラスの緊張感が解けていく。



「ま、履修の話なんかは入学者説明会でしているので、確認にはなるんですけど……確認は大事ですから」



 唯一、学校という雰囲気に慣れずソワソワし続けているレグの方を、メンデルはちらっと見やる。



「……さて、みなさんご存じの通り、この学園では必修科目と別に好きな科目を履修することができます。例えば、下位魔法学は必修ですが、特異魔法学は選択になります。各自、自分に必要だと思う授業を選んで、来週までに履修計画を提出してください」



 入学者説明会に参加していないレグは、慌ててメモを取り始めた。他の生徒は当たり前のように知っていることも、彼は全く聞かされていないのだ。



「知識系の授業については、今言ったように好きなものを選択できます。そしてみなさんが気になっているであろう実技授業の方ですが、こちらは全員必修です。まあ、実技に関しては授業に出ることよりも、演習会で良い結果を残す方が大切なので、鋭意頑張ってくださいね」



「実技……演習会……?」



 メンデルの説明に首をかしげるレグを見て――隣に座るサナが、その肘をちょんとつつく。



「……知識系の授業は座学で、実技系は実際に魔法を使う授業のことよ。実技の成績は、学期毎にある演習会で決まるの」



 サナは小声で補足説明をしてくれる。彼女の元来の面倒見の良さが、ここでも発揮されているようだ。



「……演習会っていうのは、なんなんだ?」



「……演習会は、チームに分かれて戦う実践訓練みたいなものよ。実際の戦闘に近い状況で、如何に力を出せるかが試されるらしいの」



「サナさんの言う通りですねー」



 急に名前を出され、サナはビクッと体を震わせた。見れば、ニコニコと笑うメンデルが二人を見つめている。



「あ、あの、すみません……」



「いえいえ。周りに配慮した私語なら気にしませんよ、僕はね。トルテン先生の授業だと問答無用でつまみ出されるので、気を付けるように」



 さて、と彼は続ける。



「実技の成績を決める演習会は、年に三回あります。種類は『学年別演習会』と『全学年対抗大演習会』ですね。その名の通り、学年を分けての演習と、一年から三年がごちゃ混ぜになって戦う演習の二つがあります」



 黒板にさらさらと図と文字を追加し、メンデルは説明する。



「ま、ここら辺についてはおいおい、日程が近くなったら話していきましょう……では、ここで軽く質問時間を取ります。履修に関することでも、その他雑多なことでもいいので、気になることがあれば遠慮なくどうぞ」




「はい」




 しばらくの間、お決まりのような沈黙が流れた後――一人の生徒が手を挙げた。


 それを受け、クラスの空気が一瞬強張る。



「あなたは……魔術師のエルマ・フィールさんですね」



「そうです」



 手を挙げたのは、青い髪の魔術師――エルマ・フィールだった。



「……なあ、サナ。みんなソワソワしてるけど、どうしたんだ?」



 エルマが挙手をした途端、にわかにざわつき出した教室の雰囲気に疑問を覚え、レグは小声で尋ねる。



「……あなた、フィール家も知らないの?」



 レグの無知さに呆れを通り越して感心まで覚えそうなサナは、小声で答える。



「……あの青い髪の子は、名門魔術師家、フィール家のお嬢様よ。本当なら、落第組こんなところにいるような人じゃないの。だからみんな、ざわついてるのよ」



「……ふーん」



「……ふーんて、あなたね……。フィール家は代々、王国軍に仕えている名門中の名門なのよ? そんないいとこのお嬢様が落第組に入るなんて、絶対あり得ないのよ。そもそも、魔術師がこの組にいること自体、おかしいんだから」



 サナの言う通り、魔術師が落第組に入ったことは、未だかつてない。


 落第組に入るくらいなら、ソロモンへの入学を蹴り、他の魔法学校にいくのが一般的だからだ。プライドの高い魔術師なら当然の判断である。



「……じゃあ、あのエルマって子は、どうしてこの組にいるんだよ」



「……それがわからないから、みんな気になってるんじゃない」



「……そりゃそうか」



 サナの話を聞き、レグは改めてエルマの方を見る。どこかで会ったことがあるんだよなーと、そんなことを思いながら。



「私は、来月に開催される『生徒会役員選挙』に立候補したいのですが、落第組が立候補することは可能でしょうか」



 エルマは質問の内容を告げる。


 それを聞き、クラス中が再びざわめき出す。



「選挙に立候補すること自体は、もちろん可能です。ですが例年、一年生で役員になるのはA組かB組の生徒ですよ。それも、入学成績がトップの人たちです」



 メンデルは事実を伝える。


 A組は魔術師のクラス、B組はエルフのクラスで――それぞれ、種族的な立ち位置も強い。加えて入学成績トップともなれば、現時点で学校中に名前が知れ渡っている実力者たちである。


 そんな猛者たち相手に選挙で勝つことは――不可能に近い。



「それにご存じの通り……今年のA組トップは、あなたの、エイム・フィールくんです。一年生の役員枠は一つなので、彼と渡り合うことになりますよ」



「……わかっています。立候補ができるのならいいんです。ありがとうございました」



 言って、エルマは目を閉じ、再び静かな雰囲気を纏った。



「……他に質問がないようでしたら、今日のところは解散にしましょう。明日からは必修の授業が始まりますから、ゆっくり休んでください。ではではー」



 メンデルはそう切り上げ、足早に教室を出ていく。


 後には、微妙な空気感に包まれた生徒たちが残された。



「あのー……とりあえず、みんな自己紹介しておく? 一応、同じクラスとして頑張っていくわけだし」



 おもむろに席から立ち上がり――サナは、クラスメイトの顔を見渡す。



「それもそうだな」



「さんせーさんせー!」



「……異議なし」



 何人かの生徒がその呼びかけに応える。



「じゃ、まずは私から――」



 口火を切ったサナが自身のことを語り始めようとした瞬間――ガタッと、椅子の動く音が響き渡った。


 みなの視線が集まったのは、青い髪。



「……あー、えっと、エルマさんから自己紹介する? 生徒会役員に立候補するんだもんね、いろいろ言いたいことが……」



「いえ。私はこの後予定があるので、失礼します」



 気を遣ったサナの横を通り抜け――エルマは教室から出ていった。



「……何かその、どんまい」



 サナの隣に座るレグは、そんな間の抜けたフォローをするしかなかった。




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