第10話 冥婚

 冥婚という言葉を知っているだろうか。

 有名なのは、台湾の『拾ってはいけない赤い封筒』だろう。

 ザックリと言えば、死者と結婚するという事だ。

 日本にも冥婚の儀式は、実際にあった。

 青森ではムカサリ絵馬、青森では結婚人形といった具合に、死者と架空の嫁または婿を立てて冥婚する。

 地域や死者の性別によって若干の手順・仕来りが異なることがある。

 ここまでが前置きで、ノリで冥婚をしてくれないかと頼んできた馬鹿がいた。

 その馬鹿とは、日雇い時代で働いていた時からのオタク友達だ。

 年上なのだが、趣味に時間を費やすため必要な時だけ働くというスタンスを取る奴だった。

 そんな馬鹿が、安請け合いで冥婚してくれる女子を紹介すると言った手前、引っ込みがつかなくなり私に泣きついてきたという。

 冥婚という言葉に嫌な感じがしたので、返事を保留にして家に帰った。

 帰宅後、パソコンで冥婚について調べると死者との婚礼と分かって脱力感が襲った。

 だから、貧乏なアイツが高性能パソコンを購入出来るくらいの謝礼金を用意すると言ったのか。

 流石にお断り案件だなと考えていたら、

「姉ちゃん、変な相談受けてないよな?」

と私の顔を見た瞬間、弟が核心を突くような質問をしてきた。

「エスパーか? 友人から面倒なお願いされてて、どう断ろうかと思って……」

 事のあらましを説明すると、弟は合点がいったのか大きな溜息を吐いている。

「師匠が、早く帰れって言った理由が分かった。姉ちゃん、携帯貸せ」

 有無を言わさぬ弟の圧に負けて、携帯を渡すと日雇いバイトの派遣先に連絡して退職手続きをしている。

 病床について動けない設定で辞める旨を肉親の弟から丁寧な挨拶と共に連絡する状況に、向こうもそういう状況に慣れているのか追及されずにアッサリと退職が認められた。

 晴れて無職ニートになった私は、暫く茫然自失になっていた。

 自分の気分で働ける自由さに日雇いバイトは気に入っていた。

 ガッツリ働きたいなら現場を幾つも掛け持ちで働けるし、特に深夜帯のバイトは割も良く、飯にも困らなかった。

 一ヶ月で二十万から三十万前後稼いで専門学校の学費を貯めていたのに、この仕打ちはない。

「このっ、愚弟ぃぃい! 今、無職ニートになったら生活立ち行かんやろうが!! 高額時給で交通費も出てWワークし放題の職場なんて、早々無いんやぞ! 来月からの生活どうすんねん」

 失業保険は加入していたが、自主退職した以上、申請しても払われるのは三ヶ月後からだ。

 速攻で就活せねば、本気マジで詰んだ。

 頭を抱える私に対し、

「来月の生活費は、何とかするから今月中に仕事決めてくれば良いやん。働き過ぎやったし、休みも必要やで」

と宣った。

 生活費を出さない弟が、珍しいことを言うもんだ。

 ちょっと感動していたら、

「冥婚について相談した友人の名前って誰?」

「●●。そんなこと聞いてどうしたん?」

「ふーん。姉ちゃん、友達になる相手はきちんと選べよな」

 弟は、シレッとした顔で携帯を操作して私に放り投げてきた。

 私は、何のこっちゃと思いながら携帯を弄ると端末が初期化されていた。

「ギャーッ!! 電話帳のデータも、写真もメールも消えてる!! ちょっ、愚弟! 人のデータを消すって本気マジ最低やな。死ね!!」

 写真は兎も角、メールと電話帳のデータの消失は痛い。

 仕事場や友人の連絡先が入っていたので、データ消失は連絡手段が無くなるということだ。

 ノートにメモしたり、SDカードやクラウドに保存してなかったので、復元が出来ない状態で涙目だ。

「姉ちゃん、冥婚したらあの世逝き確定しとったわ。持ちかけて来た女友達、自分が花嫁になりたくないから姉ちゃんに押し付けようとしたんやで」

「んん? ごめん。理解が追い付かん」

 突拍子もないことを言い出した弟に、私は混乱する頭をどうにか整理する。

「死者と結婚するのは形だけの儀式やろう? 何で、私が死ぬん?」

「生きてる相手を宛がうと、死者が相手を彼岸に連れて行こうとするからや。だから、冥婚は人型や絵馬を用いられることが多い。姉ちゃんの写真嫌いが幸いしたな。もし、相手に姉ちゃんの写真が渡ってたらヤバかったで」

「冗談キツイわ」

 ハハハッと笑い飛ばしたが、あの時、弟の目が据わっていて怖かったのを覚えている。

 その後、新しい仕事に就いて忙しくしていた頃に、テレビの報道で友人の訃報を知った。

 私に冥婚の話を持ち掛けて連絡を絶って、丁度一年くらい経っていた。

 その時、弟の言葉を思い出したが、あれは本当なのだろうか。

 今、考えると弟の判断は正しかったのかもしれない。

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なんちゃって都市伝説 もっけさん @saniwa_harae

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