第8話 比叡山のお化け屋敷

 比叡山頂遊園地のお化け屋敷は、ご存じだろうか?

 今は閉館しているが、心霊スポットとして有名な場所である。

 五山送り火の翌日に行くのが、毎年の恒例だった。

 初めて行ったのは、小学校に上がった年だ。

 今では、乗り物に乗って館内を回るものが多い。

 そのお化け屋敷は、館内を自分の足で歩いて回らなければならない。

 クソッたれな親は、度胸試しと称して私を一人でお化け屋敷の入り口に置いてけぼりにした。

 地元では有名な心霊スポットで、好き好んでお化け屋敷を訪れるのは他県の奴か、心霊スポット巡りに来たバカくらいである。

 もうね、ギャン泣きしたよ。

 親は出口で待ってるとか宣って居ないし、人気が無いのか待てど暮らせど客は私一人だけ。

 弟はお化け屋敷を見た瞬間、無表情になって先に入ってしまった。

 脅かし役のキャストが、中の様子を知らせて入るタイミングをインカムで伝えているのだろう。

 私は直ぐに弟の後を追いかけたかったが、キャストに止められて中々中に入れさせて貰えなかった。

 結局、一人で歩く羽目になり結構な時間を入口でウロウロしていたと思う。

 その間にお化け屋敷から出て来た弟が、私のところに来て言った。

「姉ちゃんを置いて帰るって言ってんで」

「一緒に行ってくれん? 欲しがってたバッチあげるから」

「無理。一本道やから直ぐに出れる。それに次入ったら持ってかれる」

 即答で断られた。

 いつもなら二つ返事でOKしてくれるのに『何で?』と思ったが、それは後程身をもって知ることになる。

 こんな気味の悪い山頂に置いて行かれるくらいなら、出口まで走るしかない。

 私は、目に涙を溜めながら意を決してお化け屋敷の中を歩きだした。

 おどろおどろしい音楽と雰囲気に、入って早々涙目である。

 ギャーギャーと喚きながら、震える身体を叱咤して足を進めた。

 お化け屋敷の中は、色んな工夫がされていて脅かし役からすれば、私は良い客だったと思う。

 あまりにも泣きわめくので、脅かし役のキャストが気の毒に思ったのか出てきて言った。

「もう少しでゴールだから頑張って!」

 私は、その言葉を聞いてホッと安堵した。

 もう終わるんだって、その時は思った。

 『後少し』の言葉を心の支えにして、歩くのを止めて走った。

 何回も角を曲がったり、ぐるぐると同じ場所を行ったり来たりしている内に、自分のいる場所が分からなくなってしまった。

 引き返そうかと思った時、足をグッと掴まれる感覚に恐怖で声が出なかった。

 グイグイと強く引っ張られて痛い。

 脅かすにしても、足を引っ張るのはやり過ぎではないか。

 そう思ったら怖いという感情よりも、理不尽な状況を作った親も脅かしているキャストにも腹立たしくなり、つい怒鳴ってしまった。

「何やねん! 何で私が、こんな目に遭わなならんねん。いつまで人の足を掴んでんねん。痛んじゃ! 離せボケ」

 掴まれていない足で掴んでいる手首を思いっきり踏んだ。

 踏んだことで、足を掴んでいた一瞬緩んだ隙をついて走った。

 手は私の足を掴もうとしたが、靴のかかとに指が引っかかりポロリと靴が落ちた。

 私は靴を取り戻すより、早くお化け屋敷を出たい一心で出口まで走った。

 出口は、本当に目と鼻の先だった。

 ボロボロの状態で出て来た私を見て、親は思いっきり顔を顰めて私を怒った。

「たかが、お化け屋敷でどうしたら髪も服もグチャグチャに出来るの? 靴も片方履いてないし、本当に何やってるのよ」

「何が一本道や! 同じとこ何べんも回るし、何回も角を曲がるし。挙句の果てには、足を引っ張られたんやで! こっちが足を掴んでた手を踏まんかったら、離れんかったわ。靴は、手が追いかけてきた時に脱げたからお化け屋敷の中にある!」

 怖くて痛い思いをした子供を怒る親にギャン泣きしながら文句を言ったら、親の怒りの矛先がキャストに向いた。

 キャスト曰く『客の身体に触れるような脅かし方はしない』のだと説明していたが、私の足首にはクッキリと手形が残っていたもんだから、親の怒りに燃料を投下してお化け屋敷の営業が一時ストップした。

 私の脱げた靴の行方を探して貰ったが無いの一点張りで、親は納得せず明を全部付けて、親とキャストがお化け屋敷を隈なく捜索したが見つからなかった。

「靴だけで済んで良かったね」

 捜索中に弟と二人で外で待っていた時に言われた言葉が、今でも気になっている。

 弟に聞いても忘れているのか、答えをはぐらかされてしまう。

 あの時、靴を置き去りにしなかったらどうなっていたのだろうかと、ふと思う時がある。

 もうお化け屋敷はないが、今でもあの場所だけは近付きたくない。 

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