第6話 屋台で買い物する幽霊

 高校生の頃、親から屋台のバイトをしないかと持ち掛けられた。

 日当が二万円と聞いて、私と弟は二つ返事でOKを出した。

 屋台と一口に言っても、出店先が縁日だったり、花火大会だったりと色々あった。

 八月十日から十六日のお盆の前後に出す屋台を手伝うというものだった。

 待ち合わせ場所は、必ず京都駅前と決まっており、毎回そこまで通うのが面倒だ。

 場所に寄って異なるが、朝は大体八時集合で夜は縁日なら二十二時。

 花火大会なら翌日の三時を回る。

 最初は日当二万円を稼ぐのが楽しくて頑張った。

 毎回決まって店じまいをする前に来る客がいた。

 どんなに離れた場所で出店していても、必ずビールを買って帰る。

 最初は偶然かと思ったが、どうやら弟も同じ人を見ていた。

 その客は、二十代半ばの女性で梅の浴衣を着ていた。

 顔は可もなく不可もなく普通だったが、肌の色が青白かった。

 屋台はフランクフルトとビールを主力で売り、時々たこ焼きを売っていた。

 彼女を仮にウメさんとしよう。

 ウメさんは、必ず店長の前に立って小さな声で注文をするのだ。

「ビールを二本下さい」

 店長は、ウメさんの存在を無視して屋台を閉めていた。

 私と弟以外のスタッフも、ウメさんの存在を無視している。

 だから、必然的に私か弟がウメさんの相手をすることになった。

「いつものビールで良いですか? 千円になります」

 毎回同じ注文をするのでウメさんの好みの銘柄も覚えてしまった。

 念のため聞き返すと、彼女はコクリと小さく頷いて千円札を渡してきた。

 私がビールを手渡すと、小さくお辞儀をして去って行った。

 規模の大きい縁日や花火大会では、屋台は何十店にもなるのに、よく見つけてくるものだと思っていた。



 そうして盆に入り、バイトも後二回の出勤で終わるとなった時に事件は起きた。

 その日は、W県の花火大会の日で早朝から集合して車で移動して午前中の仕込みで疲労はピークに達していた。

 晴天の中で始まった花火大会だが、客足が殆どない。

 他の店は、早々に見切りをつけて花火大会の途中でも店仕舞いをしている。

「結構有名な花火大会の割には、誰も通らんね」

「ほんまにな。こっから見える花火は、綺麗なんやけどなぁ」

 視界に入るテトラポットが若干気になるが、空を見るだけなら結構良いスポットだと思う。

 花火大会が終了して店仕舞いしている最中に、ウメさんがいつものようにビールを注文してきた。

 本日の客が彼女だけかと何とも言えない感情を抱えながら接客をしようとすると、私と弟は店長に呼ばれた。

「お前ら、ここは良いから車に戻ってろ!」

「え? でも……」

「良いから、早く行け!!」

 どんなにヘマをしても笑っていた店長が、鬼の形相で怒鳴ってくる。

 隣にいた弟を見ると、顔はウメさんの方を向いているのに、視線は下を向いている。

「……姉ちゃん、行こう。荷積みの手伝いしないと」

 弟に手を引かれて、私達は車の元へと移動した。

 荷物を積めていた先輩が、面倒臭そうな顔をして言った。

「こっちは、人が足りてるから屋台の方を手伝って欲しいんだけど」

「店長が、車に戻れって言われた」

 弟の言葉に、先輩は何か思い当たる節があったのか、青ざめた顔をしている。

「あんたらは、車に乗って休んでな。今から戻るまで、絶対に喋ったらあかんよ。誰に話しかけられてもや。ハイなら頷く、イイエなら首を振る。分からないなら首を傾げる。OK?」

 鬼気迫る感じの先輩に気圧されて、私は口をつぐみコクンと頭を縦に振った。

 撤収作業が全て終わる頃には、二十四時を回っていた。

 車内の窓から作業を見ていたが、ウメさんの存在は居ないものとして扱っている。

 全員が車に乗り込んで、店長が皆いるなと確認を取った。

 私と弟は返事が出来ないので、頷く仕草をすると車を発進させた。

 帰りの道中は、普段と違って誰も喋らなかった。

 疲れただけかと思っていたが、バックミラーから見えた店長たちの顔は強張っていたのを覚えている。

 途中、トンネル内でエンストしたり、山道でバッテリーが上がったりと大変だったが、何とか京都に入り国道沿いのファミレスに入り、漸く喋って良いと言われて大きな溜息を吐いた。

「店長、あのお……」

「それ以上は言うな!」

「あ、はい」

 疑問に思ってたことを聞こうとしたら、鬼の形相で止められた。

「お前らは、今日でクビだ。祭りとかで俺らを見かけても絶対に声をかけるんじゃねぇぞ」

 店長は、明日の日当分も入れた封筒を渡して言った。

 働いてないのに一日分多く貰えるのは嬉しいが、何だかしっくりこない。

「分かりました。ただ、理由は教えてくれません? 私ら、そんなに役に立たなかったですか?」

「……理由は、お前らの母さんに聞け。日が登ったら、近くの神社に行ってお守り貰ってこい」

 面倒臭いなと思ったが、隣に座っていた弟が既に涙目になっている。

「はあ、分かりました」

 その後、私と弟は家の近くまで車で送って貰った。



 数時間寝て、身体を洗ってから近くの神社にお参りをして言いつけ通りにお守りを授与して貰った。

 弟は、祈祷をした方が良いと言っていたが金が勿体ないからと私は断って先に一人で家に戻った。

 バイトを紹介した母親に、昨日の出来事を話すと大きな溜息を吐いた後に言った。

「最後にいつもビールを買ってた客は、人じゃない死霊さ。お前と弟以外は、誰も相手にしてなかったろう。あそこの屋台は、業界では有名でね。バイトが集まらないから、あんた達を紹介したんだ。見えないものだと思ってたんだけどねぇ。まさか、死霊を接客してるとは思わないじゃないか。最終日前に辞めさせたのは、死霊があんた達の顔を覚えちまったからだ。盆が明けると同時に連れてかれるところだったのを店長さんが止めて下さったんだ。心の中で感謝しときな」

「それ以前に物騒な職場を案内すんなし」

「何事も経験さね」

 私のツッコミに対して、母はカラカラと笑った。

 それから、あの屋台の人と逢う事はなかったが、その後どうしているのか分からない。

 母曰く、「長くは続かないだろう」と零していたので、多分屋台は畳んでしまったのではないかと思っている。

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