第5話 無自覚バキュームカー

 私の弟は、一時期とある占い師の元で働いていた。

 私とその占い師は面識がないが、どうも性質が似ているという。

 最初の接触は、弟が指にはめていたゴツイ指輪だった。

 何となく惹かれて、

「その指輪どこで買ったん?」

と聞くと、占い師のところで働いている細工師さんが作った物だと返ってきた。

 私も欲しいと強請ると、弟は難しそうな顔をした。

「う~ん……これは、あげれんよ。作って貰えるか分からないけど聞いてみる」

「予算は一万円内で。それ以上かかるなら要らん」

 その返答に、予算のお金を提示した。

 手取り十万円の薄給社員には、精一杯出せるお金だ。

 予算の金額を聞いて、弟が物凄く嫌そうな顔をしたことを今でも覚えている。

 よく考えれば、材料費で足りるか足りないかくらいの金額だ。

 今の私なら、絶対そんな失礼なことを言わないだろう。

 品物が出来てからお金を払うと言って、その時は終わった。

 丁度仕事が繁忙期に突入したこともあり、すっかり指輪の存在を忘れていた頃にピアスを渡された。

 石は、ターコイズだったと思う。

 一粒の小さなターコイズを渡され、私は首を傾げた。

「何これ?」

「指輪を作る前に、これ着けろって師匠が言ってた」

 幸い高校三年生の冬(自由登校)の時期に、ピアッシングしていたこともあり、ピアスホールはある。

「ピアス代まで払えんぞ。姉ちゃんが薄給なのは、知ってるだろう」

「月末になると、飯集りに来るし。それくらい知ってる。ピアス代は、要らないって言ってたから大丈夫」

 タダで貰えるなら良いかと思った私は、大馬鹿だ。

 渡されたピアスの石の色は、浅葱色だった。

 色見は趣味ではなかったが、一粒の小さなピアスなので職場にも着けていける。

 その日から一週間ほど毎日ピアスの手入れをしながら身に着けていた。

 週が変わる頃には、ピアスが浅葱色から露草色へ変化していた。

 光の加減かとも思ったが、どの角度から見ても明らかに変わっている。

 職場も自殺の名所が目と鼻の先にあったので、何か関係しているのではと考えたくらいだ。

「弟よ、これ見てどう思う? 貰った時より、色が濃くなっている気がするんだけど……」

「……これ預かるわ」

 私の質問には答えず、弟は神妙な顔をしている。

 弟は、そのピアスを占い師のところへ持って行った。

 ピアスが手元に戻った時に、こう言われた。

「姉ちゃん、指輪の代金は要らない代わりに俺とこの場所まで行ってくんね?」

「良えよ。で、いつ行けば良いん?」

「出来るだけ早く」

「じゃあ、次の休みの日な」

と約束を交わした。



 休みの日、弟と共に京都某区に赴き、指定された場所を指定された順番に沿って歩いた。

 徐々に気持ち悪くなったが、依頼された目的が達成されて遅い昼食を取るころには、気持ち悪さも治まっていた。

「結局あのピアスといい、今日の散歩といい。何か意味あんの?」

 私の問いかけに、弟は物凄く微妙な顔をして言った。

「本当は、指輪の制作断られてん。でも、師匠の取り成しで一定の力があるなら作ったらって提案してくれて。お試しでピアスを渡した。まさか、石の色が変わるとは思わなかったって。姉ちゃん、相当強力なもん持ってるって」

「私、霊感ゼロやで」

「一番最初に借りた綺麗なマンション。姉ちゃんが住んでた部屋の前の駐車場に、自殺者が居ってんで。人影が見えても、何かおるわーで流してたやろう。自殺名所の傍で何の影響もなく、ピンピン元気に仕事出来てるのは姉ちゃんの体質だから出来る芸当やからな。普通は、体調崩す」

 私の職場に対して散々な言われようだ。

 まあ、確かに職場は観光名所ではあるが、同時に心霊スポットとしても有名だ。

「意味が分からん」

「普通は守護霊が守ってくれるんやけど、姉ちゃんの場合は守護霊というより自分で喰って昇華させてる感じ。体調が悪い時は、それが働かなくて拾って来た霊に憑かれててな。その霊が、周囲の霊を蹴散らしてくれるねん。時間が経てば、憑いてた霊を喰ってる。今日、回った場所なんやけど。今の姉ちゃんは絶好調やから、連れて歩けばバキュームカーの役割果たしてくれて師匠が出向く手間が省けるって言ってた」

「その師匠は、ほんまに占い師なんか? めっちゃ胡散臭いで」

「師匠は、占い師って言い張っとるけど、本業は祓い屋を生業にしてるらしい。その師匠と姉ちゃんが性質似てる判明してから、秘書さんの目の色が変わってな。空いた時間にでも仕事を頼みたいって」

「ふーん。まあ、気が向いたらな」

 その時、あまり深く考えずに返事をしたのが二十年以上経った今でも弟を通して関係が続くとは思いもよらなかった。

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