常連さんあるある

「いらっしゃいませ、鈴木様。こんばんは」※仮名です。

「ハナスさん、こんばんは。……あの動物園って好きですか?」


 チョー暇な夜六時、毎週来店する鈴木様に質問された。私は鈴木様の出されたワイシャツの数を確認しながら答えるます。


「今日は五枚ですね。……動物園ですか? 好きですよ。小さい頃から日本猿が大好きで、猿山なら何時間でもいられるくらい……」※コロナ前です。


「やっぱり。今度一緒に行きませんか?」

「……、……」レジ打ちする手が止まる私。


(何でやっぱりなのかな? いや、何で私が貴方と動物園に行くのかな)


 はい、常連さんあるあるです。実はクリーニング店にみえるお客様、特に常連さんの何割かは独身男性か、単身赴任のご主人様が多いのです。

 

 月曜日から金曜日まで一生懸命に働く企業戦士。休日は暇なんでしょうね。東京や九州からの単身赴任では帰るのも大変なんでしょう。寂しいのですね。


「……申し訳ございません」私は軽く頭を下げます。個人的には嬉しいんです。夫がいなければすぐにでも誘いに乗ります。いや違う。会社がNGです。お客様との職場を離れた個人的な関係は快く思われません。当然ですが。


「残念だな。この前も断られちゃって……。明日何をしてようかな」


(知らんがな。そういえば、パート仲間が言ってたな。鈴木様にコンサートに誘われたって。ん? 何で彼女はコンサートで私は動物園なのかしら?)


 鈴木様は私だけでなく、その時に受付したスタッフ全員に声をかけてるみたいです。そしてこういうのは鈴木様だけではありません。男性だけでもありません。


 仲良くなってくるとありとあらゆるお誘いやお願いがあります。


「家の近くに美味しいうどん屋さんが出来たんだけど、今度一緒に行きませんか?」

「ハナスさん、カラオケ同好会に入らない?」

「自費出版で本出したんだけど、読んでみない?」

「ハナスさんはどこの政党支持してるの?」


 クリーニングには全く関係のない話で盛り上がり(?)ます。さらにもっと仲良しになると、愚痴や悩み事を話されちゃいます。


 嫁姑問題、ご近所トラブル。会社でのイジメ。人間関係。転職。離婚問題。


 うん、チョー暇な時は一人三十分くらいかな。スタッフ誰もが経験しています。常連さんとの信頼関係はすっごく大事です。スタッフは聞いても他言しません。みんな口は固いのです。


「ハナスさん、この前はありがとう。東京に出張行ってきたんだけど、これお土産。みんなで食べてね」 

 

 毎週、会社でのストレスを吐き出す黒田様が、お土産を下さいました。スタッフ全員分あります。付箋に『黒田様からです』と書き、更衣室に置いておきます。


 チョコレート、クッキー、ジュース、漬物、ハンドクリームなどなど。常連さんからのお土産や差し入れが事務所の机の上にいつもあります。


 常連さんは顔と名前が一致しているので、来店されたらみんなでお礼を言います。繁忙期は特に常連さんのお菓子や飲み物が増えるんです。感謝です。


「ハナスさん、ちょっといいかしら。見てもらいたい物があるの」

「山下様、こんばんは。どうぞこちらへ」※仮名


 私は山下様の持っている紙袋からシミがついた洋服が出てくると思い待ち構えました。


「これなんだけどね、今年娘が成人式で……」


(そっか、もうそんな年なのね。人の子の成長は早いわ)


「成人式の写真なんだけど……」山下様はそう言ってカウンターの上にアルバムを置きました。


「……わぁ、由香ちゃん、きれい」私は振袖姿の娘さんのあまりの美しさに感嘆の声を上げました。

「前撮りしたの。今こんな立派なアルバムにしてくれるのね。ハナスさんに見て欲しくって。仕事のじゃましちゃってごめんなさいね」


 山下様は少し遠慮気味にアルバムのページを一枚一枚めくっていきます。


───山下様は私が勤務する前からの常連さんです。由香ちゃんと初めて会った時、まだ幼稚園児でお母さんの後ろに隠れていたんです。


 由香ちゃんの小学校入学式の時の洋服。部活は剣道部だったから防具も預かったな。高校の制服。修学旅行の私服。短大卒業の袴。一人暮らしだった由香ちゃん、帰省するたびに、シーツや枕カバー、カーテン持参で来たのよね。


 私は思い出に浸りながら、由香ちゃんの振袖姿を目に焼き付けました。


「成人式が終わったら振袖出すからお願いね」

 山下様は笑顔で言い、お店をあとにされます。頭を下げて見送る私。

 

 ほっこりしていると、常連の田中様がご来店。作業服を一週間分出されます。

「いらっしゃいませ、田中様。こちら明日仕上がりにしておきますね」


 常連さんに関しては大体生活パターンが分かるので、月曜日の仕事に間に合うように仕上げ日をレジに打ち込みます。


「ありがとう。ハナスさんち、今日は夕飯何?」

「寒いのでお鍋の用意をしてきました」

「鍋、いいね。うちも鍋にしようかな。全く、妻が何も教えなかったから、子供たちは作っておいてくれなくてね」寂しそうに笑う田中様。


 愛する奥様を亡くされて、まだ三ヶ月くらいでしょうか。今までの十四年間、常連さんから嬉しい報告もあれば悲しい報告もありました。


 お葬式。お盆。一周忌。黒いネクタイ、礼服を涙を流されながら出すんです。

ご夫婦仲良しで来店された姿を思い出して、私も切なくなります。


 私は田中様に一番のスマイルで応対しました。

 


 

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