第51話 解決編その一
小松潤の体調が落ち着いたとの連絡を受けて、原口は落合とともに警察病院へと訪れていた。小松は川上よりいい環境にいたようだが、何らかのショッキングな出来事があったようで、数日間眠ったままだった。
川上からの事情聴取はすでに終わっているが、彼はずっとあの小さな部屋に閉じ込められていただけで、何も知らないという。衰弱の具合からしてもそれは間違いないという医師の見解もあり、彼からの聞き取りはほぼ終わっている。
だから、小松潤の証言が非常に大事なものになる。
「あの時、めちゃくちゃ叫んでいました。相当怖い思いをしたんでしょう。取り調べは慎重に行わないと駄目ですね」
「ああ。しかし、真実を知っているのは彼だけだからな」
事件そのものは終わっている。しかし、その後に発覚した色々なことを片付けなければならないのだ。そのためにも、潤の協力は欠かせない。
あの研究所で行われていたという数々の非人道的な実験。さらに、それらに耐えかねた斎藤が起こした事件。この二つを明らかにするためにも、潤の証言が必要だ。彼はそのどちらにも関わっている。
潤は警察病院の中でも最上階にある部屋に身柄を置かれていた。それだけ重要であり、また警護する対象でもあるのだ。入り口を守る警官に身分証を示し、原口と落合は中へと入る。
「失礼します」
中に入ると、潤は身を起こして本を読んでいるところだった。どうやら本当に回復したようだと、原口は安心する。
「小松さん」
「あ、ああ。すみません。つい夢中になっていて」
原口が声を掛けると、潤はびっくりしたようだったが、すぐに微笑を浮かべた。その顔は、あの研究所にいた時からすっかり変わって穏やかで知的なものだった。手にしていた本を見ると、潤が大学生の時に使っていた教科書だった。
「いいんですよ。その、大学生までの記憶がないそうですね」
「ええ」
原口の確認に、潤は目を伏せた。
潤にとって最も助かったと思ったのは、潤はまだ研究者ではなかったということだ。大学生だった時に発病したため、卵だったというのが正確な表現になる。それも、土屋から直接研究の手解きを受けていたというのだから、何とも不思議な気分になる事実だ。昔の自分を知っているようだとは思ったが、まさか教え子だったなんて。
「この度は、大変なことになりましたね。ええっと、それで、早速で申し訳ないんですが、知らない間に手術をされて、あそこに閉じ込められていたんでしたね」
そんな潤を気遣いつつも、原口はまず確認しなければならないことを訊ねる。この青年がどちらの事件にも関わるきっかけになったことだ。
「そうらしいですね。俺が気づいた時にはもうあの研究所にいて、それまでの記憶は失っていました。だから、俺はずっとあそこにいたんだと思い込んでいましたよ」
潤は警察が持ってきてくれた、かつての小松潤の持ち主である教科書を握り締める。そして、潤は自分の居場所を手に入れるために証言を続けた。
「俺は脳の腫瘍こそ取り除いてもらえましたが、その後は実験動物のような扱いを受けました。すでに死んでしまった、他の人たちと同じように」
「ええ。あなたの身体には複数の手術痕がありました。さすがに中の様子はMRIで確認しただけですので、内臓が入れ替えられているのかまでは解りませんが、何かされたのは間違いないでしょう。また、今回の事件、ええっと、斎藤と土屋が起こした方ですが、その事件が起こるまでの間に預けられていた病院は、土屋から多額の金を渡されて預かっていたということです」
受け答えがしっかりしていることに安心し、原口はそう情報を教えてやる。
「そうですか。あそこでは、丁寧に対応していただきましたよ」
「ええ、それはもちろん、当然でしょう。土屋からあなたともう一人保護された馬場さんに関して、複数の手術を受けた後でゆっくりさせたいという説明を受けていたそうです」
「なるほど」
一般の病院を知らせることでますます違和感を強めることが目的だったのだろうが、自分たちが特殊だという事実は伏せられていたのか。それに潤は安心してしまう。警察も今のところ、被害者として扱ってくれていることだし、ここは素直に協力しておくだけでよさそうだ。
「それで、斎藤と土屋はあなたたちを連れ戻し、同時に研究に深く関与していた石田と橋本を誘拐しました。川上さんに関しては意図が不明ですが、あそこの責任者として名前を貸していたのが原因でしょう」
「責任者」
「ええ。といっても本当に名義だけです。川上があそこを訪れたことはありませんし、川上も、数々の人体実験が行われていたという事実に激しいショックを受けています。名前を貸したのは土屋が研究に専念できるようにするためだったと言っていますが、この辺りはまだ捜査中です」
原口は土屋が生きていればと悔しそうに唇を噛む。
それは潤も同じだった。あの様子からそれなりに覚悟をしているのだろうと思ったが、まさか土屋が自殺するとは思っていなかった。この結末だけが、最もしっくりこないものだった。
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