第52話 解決編その二

「土屋さんは、その、どうやって亡くなったんですか」

 潤は死んだとしか伝えらえていないので、この際だと確認する。すると、原口はすぐに教えてくれた。

「ヒ素を飲んだんですよ。猛毒です。発見した時にはすでに手遅れの状態でした。斎藤も同じくヒ素を注入され死亡していました」

「そうですか」

 斎藤に関しては、てっきり奇妙な実験を施すつもりかと思っていたのに、違ったのか。いや、潤が拒絶したために斎藤は殺されたのか。どちらにしろ、土屋は斎藤も許すつもりはなかったのだ。

「警察に踏み込まれたら死ぬつもりだったんでしょうな。彼らの目的は、あなたたちを見つけさせることだったようですし」

 原口はそのあたりの事情を聴いているかと潤に目を向ける。それに潤は大きく頷いた。

「生き残った俺たちに、あの研究所で起こったことを証言させるつもりだったようです。俺は、記憶にないもののiPS細胞の研究をしていたことがあるからと、あれこれ詳しい資料を見せてもらいました」

「なるほど。土屋先生にすればあなたは教え子だ。総てを託すには丁度いいと思ったのでしょうな。それと、研究所の実験に巻き込んでしまったという負い目があったのでしょう」

「ええ」

 それはそうだろうと潤は思う。土屋は明らかに潤を頼りにこの計画を立てていたようだ。カオリのことが上手くいかなくても焦っていなかったことも、潤がいれば大丈夫だと確信していたからだと思う。

「あなたの脳に出来ていた手術は、確かにああいう実験を用いたものでなければ取り除けなかったようです。それはここの医者も言っています」

「みたいですね。難しいものだったと、土屋さんから聞いています」

 潤はすでに知っていると大きく頷く。もしも土屋が橋本の手術を頼るという決断をしていなかったら、今頃自分はこうして警察と話をすることもなく、死んでいたのだ。結果的に、彼女に救われたことになる。

「彼女にとっての誤算は、あなたの記憶がなくなってしまったことでしょうね。だから、その先の実験について止めることが出来なかったのかもしれません」

「ええ。そうでしょう」

 原口の意見に同意したが、ふと、そのことに違和感を覚えた。

 果たして本当にそうなのだろうか。自分とカオリが生き残った理由。それがこのことに関係しているように思えた。

「小松さん、大丈夫ですか」

 原口が心配したように顔を覗き込んでくるので、潤は慌てて大丈夫だと頷いた。そして、気になったことを原口にぶつけてみることにした。

「思い出したことがあるんですが、原口さんに保護される前、彼女はこう言ったんです。

『全部を知らなくても、あなたは解決できるはずよ。小松潤。あなたは病気になるまで、私のかけがえのない友達だった』

 こういう前置きして

『だからあなたを全力で助け、あえてあの時、麻酔がすぐに切れるようにも仕向けた。あなたがここに違和感を抱き、真相に気づけるように』

 と言っているんですよ。今考えると、これって奇妙ですよね。彼女はあそこで積極的に実験に参加していなかった。だったらどうやって、俺の麻酔が早く切れるように細工できたのでしょうか」

 潤の問いに、原口は大きく目を見開いた。もしも彼女があそこの研究所で積極的に実験を行っていたとすると、事件の構造が大きく変わってしまう。だが、それは無理なはずだ。

「積極的には参加できないはずです。土屋は、土屋先生は一年前に事故に遭い、しばらく療養していたんです。復帰したのは半年前ですよ。あなたが実験体になることを止められなかったのもそのせいでしょう。おかげで閉じ込められていた川上さんなんて、死亡したと勘違いしていたほどですから」

「えっ」

 それは衝撃的な事実だった。しかし、交通事故という言葉が引っ掛かる。確か、交通事故に遭ったのは妹ではなかったか。

「待ってください。事故に遭ったのは土屋さんじゃない。妹さんですよ。彼女はその妹のことをナミと呼んでいました」

「えっ、妹。ちょ、ちょっと待ってください」

 思いもよらない方向に話が進み、原口は一度立ち上がった。そして落合に妹がいるのか確認するように指示を出す。

「一体どうして事故の話が入れ替わっているんだ」

「ええ」

 原口の呟きに、潤もおかしいと大きく頷いた。そして、これはもう一度冷静に考えるべき点になりそうだと気づく。

 そう、そういえばあの時も気になったのだ。

 生き残った三人のうち、二人が交通事故に遭っているのは偶然なのだろうか。

「あの、カオリの、馬場香織さんの交通事故についても調べてもらえますか」

「えっ。それは構いませんが、彼女も交通事故に遭っているんですか」

「はい」

「解りました」

 原口も何か気持ち悪さを覚えたのだろう。すぐに落合に目配せをする。その落合も手にしていたスマホで交通課に連絡を入れた。

 確認が取れるまでの間、潤はもう一度どうして自分たちが生き残ったのかについて考え始める。

 もし、生き残ったことが土屋の意思に基づくとすれば。自分は土屋の教え子だったという点が挙げられるだろう。では香織はなんだ。

 ふと、原口が広げている手帳が目に入った。そこにはこれまでの事件のことが細かく記されているらしい。

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