第49話 小松潤・九日目午後その一

 気持ちが落ち着いたところで、潤はようやく飛び込んだ部屋の中を確認した。

 どうやら備品を置く部屋として使っている場所のようで、たくさんの段ボール箱があちこちに積まれていた。その中にはミネラルウォーターに缶詰などという食品の文字も見える。

「中身、入っているのかな」

 その箱に近付いて中を確認すると、ミネラルウォーターも缶詰もたくさん入っていた。その中から一つずつ失敬することにする。

「よしっと」

 お腹も膨れて、ようやく冷静に考えられるようになった。

 先ほどの男性は何らかの理由でここに監禁されているらしい。その監禁した奴は、おそらく斎藤か土屋だろう。ここを再び使用できるようにしたのはあの二人だ。他の奴が入り込んでいるとは思えないので、あの二人が犯人と考えるのが自然である。

「でも、どうしてそんなことをしたんだ?」

 だが、奇妙な話だと思った。

 石田と橋本に責任を取らせるという話だったから、あの二人がここに連れて来られているというのならば納得できる。しかし、先ほど見た窶れた男は見たことがない。この研究所に一度も足を踏み入れたこともないはずだ。

「あいつは何の関係があるんだ?」

 それが解らない。しかし、もう一度あの男がいる場所まで行こうとは思えなかった。あの必死な姿は、どうしても恐怖を掻き立てる。

「それより、土屋が何を企んでいるのかを突き止めないとな。それに、斎藤は無事だろうか」

 潤は土屋を信頼しきっていた斎藤を思い出し、あの部屋まで戻るべきかと思った。しかし、斎藤の身の安全を土屋に約束させることは、自分の身が危険になるかもしれない可能性を伴っている。

 二の足を踏んでしまう。当然だ。もう少しで完全な自由が手に届きそうなのだ。

「くそっ」

 ここの秘密も自分の身体の秘密も知った今、自由を欲するのは当然だった。それに、斎藤はここの研究員であり、自分の身体で実験を繰り返していた石田や橋本と同じだ。だから、助ける義理はない。

 でも、だからと言って見捨てていいのだろうか。それはここにいた研究者のやっていたことと、何ら変わりがないのではないか。

「どうすればいいんだ」

 潤はうろうろと段ボール箱が積まれた部屋の中を歩き回る。と、足元に積まれていた何かに蹴躓いた。ばさっと床に積まれていたものが広がる。

「あっ、やっばっ」

 潤は慌ててそれを拾おうとして、それが新聞の束であったことに気づく。どうせ古新聞だろうと思ったが

「えっ」

 手に取った新聞はなんと五日前のものだった。そして、そこには死体遺棄事件の続報という文字があり


『昨夜S川で発見された石田剛さんの事件で、遺体に不審な点があったことから、警察は殺人事件と断定した。警察は石田さんが最後に目撃されたQ県にあるコンビニから足取りを追っており、同時に石田さんの周辺についても詳しく調べを進めている』


 との記事が一面に書かれていた。

「これは、石田が殺された時の新聞か」

 だが、死体が遺棄されていたなんて聞いていない。潤は大慌てで他の新聞もチェックした。すると、事件の報道が始まったのはその一日前だということが解る。そこから日付通りに順番にチェックしていき、昨日の新聞まで見つけることが出来た。

「えっ」

 それを見て、潤は再び驚きの声を上げてしまう。


『昨日S川で発見された橋本真由さんについて、警察は石田さんの事件と関連があると断定した。これにより、警察は連続殺人事件として捜査を開始している。また、行方不明の川上さんの足取りも掴めていない。事件は複雑さを増し、警察では些細なことでもいいので情報を提供してほしいと呼びかけている。特に川上さんは安否が心配されており、行方不明になる一週間前ほどの足取りを追い掛けている最中とのことだ。

 また橋本さんと石田さんの遺体には不自然な傷があり、これに関して警察は医療機器を用いて付けられたのではないかとの見方を公表している』


「橋本も死んでいるだって。って、これは一体どういうことなんだ?」

 昨日の段階で石田も橋本も死んでいた。当然、この二人の死には斎藤と土屋が関わっているはずだ。しかし、斎藤の話だと土屋は警察のアドバイザーを務めているという。そうなると、犯人は斎藤なのか。

「あっ」

 それに関して、土屋はこう言っていたではないか。


「彼はすでに殺人犯なのよ。どのみち、何らかの方法で罪を償わなきゃいけないの」


 土屋はこれまでの実験に関して、斎藤も関わっているのだから殺人犯だという言い方をしたのではなかったのだ。斎藤はここでのことを公にするために、すでに殺人を行ったという意味だったのだ。

「くそっ。めちゃくちゃやりやがる」

 このままでは、生き残った自分たちがますます奇異の目で見られるではないか。警察に保護を求めたとして、その先はやはり実験動物扱いされるに違いない。

「どうすればいいんだ」

 知らない間に、取り返しのつかないことが起こっていたのだ。潤はこれならばここで死んでいた方がマシだったと本気で思った。しかし、今の自分は生きたいという欲望を持ってしまっている。

 それにこのまま、何もかもがなかったことになっていいのか。斎藤が殺されたら、それこそここであったことは闇に葬られてしまうのではないか。

「土屋は何を考えていやがるんだ」

 それが問題だ。自分とカオリを再びここに連れ戻し、情報を与え、さらに研究者たちを葬り去って、彼女に何の得があるというのか。

「もう少し情報が必要だ」

 新聞には、医療機器を用いて作られた傷があるという。持って回った言い方だが、これはひょっとして、手術をしたということではないか。

「あっ」

 そこで潤は一つ思い出した。それは斎藤から託されたファイルだ。あれにはなぜか手術の手順が書かれていた。その手術が何なのか書かれておらず、どうしてこれを警察に告げる必要があるのかと思っていたが、そういうことか。

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