第47話 原口雅晴・九日目午後
「なんだって? 土屋先生と連絡が付かない?」
「はい。一昨日から全く連絡が付かないんです。それだけでなく、大学に確認したところ、土屋先生はここ最近二週間ほど、大学には姿を見せていないとのことです」
「何だって!?」
落合の報告に、一体どうなっているんだと原口は思わず机を叩いていた。落合が肩を竦める様子に、悪かったと謝りつつ、訳が分からない状況に顔を顰めてしまう。
「土屋先生は嘘を吐いていたってことか」
「みたいですね。大学にいないのはいつものことらしいんですけど、ここのところ、新しい実験はなさっていないと大学側は言っています」
「なんだと? ん、でも、なぜ実験しているなんて言ったんだ。そんな嘘、吐く必要があるのか?」
どうして嘘を吐いたんだと原口は首を傾げた。土屋が忙しいのは周知の事実だ。詳しく語らなければ、何かで忙しいのだろうと原口は判断していたはずだ。だというのに、あえて実験をしていると告げたのはどうしてか。
「実験はどこかでしているんでしょうか」
「えっ」
「いえ。大学以外でも実験をなさっているのかなって」
「ううむ」
しかし、それならば大学側も把握しているのではないか。どうにも違和感がある話だ。しかも、連絡が付かないというのは、どう考えればいいのだろうか。
原口は自分のスマホを取り出すと、土屋に電話を掛けてみる。すると、呼び出し音が鳴った。少なくとも、スマホの電源そのものを切っているわけではないようだ。しかし、ずっと待ってみたものの土屋が電話に出ることはなく、留守番電話サービスに切り替わってしまった。
「原口です。お時間ありましたら電話をください。お願いします」
留守番電話にそうメッセージを残し、原口はううむと腕を組んだ。少なくとも、川上や斎藤のように行方不明というわけではなさそうだ。
「せっかく事件が解決しそうなのに」
「そうだな。土屋先生は」
そう言って、土屋がこの事件に恐ろしく関係のある人物だということに気づいた。
誘拐されたという川上の情報を最初に持ってきたのは土屋だ。その土屋は川上と石田が共同研究をしていたことも知っていた。
そして問題の斎藤とはアメリカで共同研究をしている。
「おいっ、土屋先生はあの研究所に関係ないのか」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください」
多くの関係者がいる研究所だ。リストに載っている名前だけでもかなりの数がある。落合はノートパソコンを開いて資料を確認すると
「あっ、あります。短期客員研究員の名前の中にありました」
「なんだと」
原口は慌てて落合の開いている画面を覗き込む。そこには短期間だけあの研究所を利用していた人たちの一覧があった。重要度は低いとして、この人たちから話を聞くのは後回しにしていた。だから、今まで気づかなかったのだ。
「なんてこった。おいっ、土屋先生のスマホのGPS情報を得る許可をもらえ。すぐに土屋先生の身柄を確保だ」
「えっ、はっ、はい」
いきなりの命令に驚いた落合だが、すぐに本部に走っていく。もちろん被疑者とは言わず、重要参考人と報告するだろう。しかし、不可能な手術が可能な研究者として、これほどぴったりな人物はいない。
「いや、でも、それだとおかしいか」
天才研究者とはいえ、そんな手術をした後、死体を遺棄して警察の前に平然と出てくるなんてことが可能だろうか。それに川上がいなくなったことをあえて警察に告げる意味がない。
だが、事件に関わっていることを否定する要素も同時になかった。たとえ主犯が土屋ではないとしても、何らかの形で関わっているとしか思えない。そうでなければ、斎藤との繋がりが発覚したこのタイミングで連絡が取れなくなるのは奇妙だ。
「原口さん。許可出ました。それで、土屋先生が今いる場所ですが」
「どこだ?」
「あの研究所です」
「えっ」
「基礎病理研究研究所にいます」
落合の報告に原口は冷や水を浴びせられたような気分だった。犯人として考えるよりも前に、考えるべきことがあったのを忘れていた。
土屋は斎藤と繋がりが深い。もしかしたら、斎藤が自らの不利益になる発言をされるかもしれないと気づき、誘拐した可能性もあるのだ。
もちろん違和感はつき纏う。怪しい点もある。だが、どちらにしろ不用意に留守番電話にメッセージを残すべきではなかったのではないか。
「おい、急行するぞ。拙い状況にあるかもしれん」
「は、はい。応援は呼びますか」
「後でいい。ともかく向かうぞ。現場の状況の確認が最優先だ」
「はい」
問題の研究所にいることが、最も不自然ではないか。
二人は慌ただしく、捜査一課のフロアを後にしたのだった。
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