第39話 原口雅晴・五日目

 あまりに不可解な事件のせいで、思考停止に陥りそうだ。

 原口は自分の席で事件に関してノートにまとめながら、何をどう考えればいいのだろうと、考える糸口について悩んでしまう。

「不自然な手術について考えればいいのか。殺された二人と川上の人間関係から考えればいいのか。全く以て解らんなあ」

 思わず考えていたことが口を突いて出る。正直、どっちから考えても答えに辿り着けないのではないか。そんな気がしてくる。

「原口さん。でかい情報が入ってきました」

 しかし、そんな原口の予想は嬉しいニュースで覆された。落合は原口の横まで走ってくると

「石田と橋本、さらに川上に意外な繋がりがありました。二人は同じ研究所に出向していたんです。で、その出向していた研究所の責任者の名前に川上の名前がありました」

 と報告し、研究所についての報告書を原口に渡す。

「何だって。って、出向だと」

 研究者にも出向ってあるのかよと驚いたが、確かに報告書にはG県の端にあった研究所に二人が担当研究者として派遣されていたとの情報が書かれている。

「で、この研究所って?」

「半年前に閉鎖されてしまったそうです。どうにも思うように成果が上がらなかったこと、石田の勤める大学で研究が引き継がれることになったこと、その二つが理由のようですね。場所も不便だし、経費が掛かりすぎてリストラってところです」

「ふうん」

 どこも不景気だからなと、昨今の経済状況を思い出す原口だ。といっても、株価は高値で推移している。大企業の業績もいいらしい。ただ、庶民はどんどん貧乏になっているという印象だ。こういった研究も、大企業とは縁遠かったというところか。

「行ってみるか」

「ここにですか?」

「無駄か」

「誰もいないでしょうね。あと、川上はここの責任者になっていますが、名義を貸していただけのようです。実際に川上がこの研究所に行ったことがないというのが、T大学からの返事でした」

「へえ」

 研究者も名義貸しするのかよ。

 原口は呆れたが、では、どうしてそんな事態に陥ったのだろうと首を傾げる。

「ここの責任者になると何か問題でもあるのか」

「さあ。まだ調べ始めたばかりです」

「よし。取り敢えず、ここの研究所に出入りしたことのある奴から話を聞いてみるか」

「はい」

 やっと捜査らしい捜査が出来る。そう喜んだ原口だったが、これがぬか喜びだったことを、たった半日で知ることになる。

「どうしてどいつもこいつも証言を拒むんだ」

「ですよねえ」

「ついでに石田と橋本、殺されても仕方がないみたいな言い方だったな」

「ええ」

 G県に研究所があったというだけあって、近くの大学にもここで研究していたという人がすぐに見つかった。しかし、どうにも煮え切れない答えしか得られなかった。

「iPS細胞の研究であそこに行ったんですが、ううん。あまり成果はなかったですね」

 そう答える研究者がいるかと思えば

「思い出したくないんです。あそこで、大失敗をしました」

 と、証言する研究者もいる。そして誰もが具体的な内容を語ろうとしないのだった。

 同僚だっただろう石田と橋本に関して訊ねると

「あの二人が全部仕切っちゃってて、困りましたよ。こっちの研究はいつも後回しでしたね」

「全部の実験に絡んでくるんで、参っちゃいましたよ。まるで監視されているかのようでした。ああ、他にもう一人、斎藤って研究者がいたんですけど、彼のことは蔑ろにしていましたねえ」

 というものだった。

「斎藤ってのは、斎藤隆一か」

「でしょうね」

 研究所の調査結果の中に、斎藤という苗字の人物は一人だけだった。そこで確認をしようとしたのだが、肝心の斎藤と連絡が取れなかった。それだけでなく、今勤めている大学も、三か月前に辞めてしまったというのだ。

 斎藤は大学側に、昔研究していたアメリカに戻るということを話していたそうだが、アメリカの勤め先に関して言わなかったという。ともかく、すぐに移動しなければならないからと、慌てて辞めたというのだ。

「臭うな」

「ええ。蔑ろにされていたっていう証言もありますしね」

 落合の同意に、原口はこいつを重要参考人として捜査すべきかと考える。しかし、ふと川上のことが気になった。

「ただ、いなくなっている理由がこいつも連れ去られたからじゃないだろうか、という点が問題だ」

「あっ、そうか。名義を貸していただけの川上さんが、連れ去られて行方不明なんですもんね。そして、石田にしても橋本にしても、死体で見つかる数日前から行方知れずになっている。いなくなっているからと言って、斎藤が犯人とは限らないってわけですね」

「ああ。とはいえ、いなくなり方が不自然だな。こいつの情報を集めよう」

「はい」

 こうして原口はようやく、不可解な死体の相手から解放されたのだった。

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