第38話 斎藤隆一・七日目
実験はついに最終段階に入った。
後はナミに任せておけば、どうにかなるというところまで来ている。
「ふう」
斎藤は自分の部屋には戻らず、ジュンのところを出ると真っすぐに処置室へと向かった。最後は自分に施す実験だ。
「血液の準備は、うん、問題ないな」
すでに自分のiPS細胞から血液を作り出すことに成功している。まだ量が足りないように感じるが、自分の実験が最も時間が掛かる。その間に増やすことが出来るだろう。
斎藤は椅子に座ると、白衣を脱いで右腕をたくし上げる。自分で注射を打つというのは意外と難しいなと、そこが最初の難関だと気づく。
「怖くないのですか?」
と、そこに土屋七海の振りをするナミの姿があった。警察から戻ってきたばかりなのだろう。服装がいつもより大人っぽく、本当に土屋七海がそこにいるかのように錯覚してしまう。
「怖いですよ。でも、自らが望んだことです。俺だけが生き残っているなんて、不公平でしょう」
「ええ」
それに対して、ナミはあっさりと肯定してくれる。いくら姉の七海に頼んでここまで来たとはいえ、やはりここでの実験は辛かったようだ。それだけでも、斎藤の中の罪悪感は大きく膨れ上がる。
「すぐに、あなたを苦しめた原因も消えますよ。それも、あなたが苦しんだ病気になって」
斎藤がそう笑うと、ナミはそっと斎藤に近付いてきた。
傍で見ると、ますます土屋がそこにいるかのようだ。懐かしく、もう二度と手に入らない穏やかな気持ちになるのだから不思議だ。
「あえて苦しむ方法を選ぶ必要はないでしょう」
しかし、ナミの口から出てくるのは復讐の言葉だけだ。ここが、本物との違いだろうか。いや、彼女も後悔していたから、この場にいたら同じことを言ったかもしれない。
「では、どうしますか。いや、どうすれば納得してくれますか」
だから、斎藤は素直にそう問い掛けていた。彼女が望むようにすることが、無念のまま死んだ土屋のためになるはずだ。
「そう、ですね。この血液はすでに病変させてあるのですね」
「ええ」
しっかりとした確認に、ますます目の前には土屋がいるような気分になった。しばらく思案する顔もそっくりだ。双子だという話だが、ここまでそっくりになるものだろうか。それだけナミは土屋を観察していたのだろうか。
「案を考えます。今日のところは、何もしないでください」
「しかし」
「まだまだ、警察は事件の真相には辿り着いていません。ようやく、ここで証人として監禁している川上と石田の関係に気づけた程度です。そこに橋本の死体が出てきたものだから、大混乱していると言っていい。まだ、早いです」
「そうですか」
「今日はもう私に任せて、睡眠導入剤を飲んで寝るのがいいと思いますよ。ここ連日、寝不足でしょう」
「そうですね。後のことは頼んでも」
「大丈夫ですよ」
にこっと笑う顔は、やはり土屋七海そのものだった。
ああ、頭が混乱してくるな。
これも疲れているせいだろうか。ここまで緊張するような手術の連続だったから、仕方がないのかもしれない。
「では、お言葉に甘えて」
「はい」
ナミの笑顔は、やはり土屋七海の笑顔に思えたのだった。
『昨日S川で発見された橋本真由さんについて、警察は石田さんの事件と関連があると断定しました。これにより、警察は連続殺人事件として捜査を開始しています。また、行方不明の川上さんの足取りも掴めていません。
事件は複雑さを増し、警察では些細なことでもいいので情報を提供してほしいと呼びかけています。特に川上さんは安否が心配されており、行方不明になる一週間前ほどの足取りを追い掛けている最中とのことです。
また橋本さんと石田さんの遺体には不自然な傷があり、これに関して警察は医療機器を用いて付けられたのではないかとの見方を公表しています』
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