第37話 小松潤・七日目
色んな情報を一気に頭に詰め込んだせいか、今日は目覚めると身体が怠かった。しかし、知りたいことはまだまだ沢山ある。
「死者の復活。そしてその身体を利用しての実験か。それだけ聞くと簡単そうに思うけど、そんなわけないよな」
がしがしと頭を掻き毟りながら、潤は自分の手術記録へと目を通す。
自分のように、総てが問題なく機能していることは、実は奇跡に近い。それは他の患者のカルテを見ているとよく解った。
成功例としてここが閉鎖されるまで生き残ったのは、潤の他にはカオリだけ。カオリは何度か廊下や検察室ですれ違ったことがある。あまりに覇気のない子だと思ったものだ。
「例外はナミなんだけど、ナミはここが出来る前から土屋や斎藤の実験を受けていたからとして、俺とこのカオリはなんで成功したのか。俺にしてもカオリにしても、石田の手術も橋本の手術も受けているというのに」
潤にとって、多くの情報を知りたいと思う理由の一つがこれだ。自分に施された様々な実験。それは他の多くの蘇らせた人たちにも施された。しかし、二人を除いて誰も生き残っていないのはなぜか。
実験のし過ぎ、というのはあるだろう。もう少し考えてやれば、生き残る率は高かったのではないか。
しかし、ここが非合法である以上、生き残りを出したくないのは事実。
では、二人だけとはいえ、生き残りがいるのはおかしくないか。
「身長、体重、性別は関係なし。年齢も、同じくらいの奴でも失敗しているからなあ。考えるだけ無駄か」
たまたま、なのだろうか。
だとしたら、自分とカオリは幸運だったということだろうか。
いや、ここで生き延びたとしても、ナミのように唐突に死んでしまうことはある。ここを生きて出られたからといって、その後が安泰とは限らないのだ。
それに、生き残った自分は、この先どうすればいいのかが解らないのだ。土屋と斎藤に手を貸し、ここで行われていた数々の実験を明らかにした後、どうすればいいのだろう。
「俺は小松潤じゃないし」
「いや、小松潤だよ」
タイミングを見計らっていたのだろうか。斎藤がそう言いながら入って来た。土屋にしても斎藤にしても、唐突に現れるのはいつものことだ。それも悩んでいる時にやって来る。病室と同じく、ここにも監視カメラがあるのだろう。
「死んだ後、あちこちを弄られているのにか」
潤はおかしくないかと、あえて苦笑いを浮かべて訊いてみる。すると、斎藤は少し難しい顔になった。
「だが、その身体は間違いなく小松潤だよ。君の身体に組み込まれた様々なものは、結局のところ、君の細胞を採取して作られたiPS細胞なんだから」
「つまり、DNAは間違いなく小松潤のものってことか」
「ああ」
潤があっさり返してきたことに驚きつつ、斎藤はしっかりと頷いた。
自分という不確かなものを考えると、誰だって訳が解らなくなるものだ。その中で、確かなのはDNAであり、遺伝子だろう。それが個体というものを唯一無二のものにしているのだ。
「まあ、今生きているのは俺で、過去の小松潤じゃないのは確かだな。どういうわけか、生き残っちまったし」
潤もお手上げとばかりにそう答えるしかなかった。
何はともあれ、脳の手術によって自分というものは過去と今で分断してしまっている。だからこそ、こうやって研究所であったことに拘るのだ。もしも脳の腫瘍で苦しんだという潤が残っていれば、ただただ生き残れたことに感謝していることだろう。
「そうやって割り切ってくれているのならば助かる。実は、ここの実験を世間に知らせるための準備が整いつつある。次は君に仕事を頼むことになるだろう」
斎藤はここに来たのは、それを告げるためだと、手に持っていた新しいファイルを潤に渡した。それはこれから、潤に警察に接触してもらって告げてもらうべき内容が書かれている。
「警察に保護されろ、って、どういうことだ?」
しかし、潤にすれば妙な指示が書かれているだけに見えた。これは一体何の手順なのか。それに斎藤がここであったことを明かそうとしているのは知っているが、それがどうして警察と関係してくるのか。
「土屋先生は警察のアドバイザーも務められている。だから、警察に行けば話が早いってことだよ。君がちゃんと生きていて、社会で生活していけることを報せるためにも、警察の力を頼るのが一番だからね」
「はあ」
よく解らない理屈だが、ここにいられる時間が少なくなっているということだろう。ここは閉鎖されたのを無理やり、土屋が動かしているという。ずっと稼働させているわけにもいかないのだろう。
「それまでにファイルの中身をしっかり確認しておいてくれ。決行は早くて明日だ」
「明日だって」
「ああ。そして俺も、次のことをやらなきゃいけないからな」
そこで斎藤が寂しそうな顔をしたことが、とても印象的だった。しかし、その理由が掴めず、潤は首を傾げるしかない。
「ともかく、早めに中身をチェックしてくれ。それと、まだ何か解らないことでもあるのかな。必死に調べ物をしていたようだけど」
「あっ、うん。成功例って、ナミを含めて三人だけ、なんだよな」
「ああ」
「その理由は、この間言っていた拒否反応だけか」
潤がそう訊ねると、斎藤は違うとすぐに首を横に振った。
「ここで行われていたのは、必ずしも生き返った人たちを助けることだけが目的じゃなかった」
そして悲しそうにそう言った。その顔は、斎藤がよく自分たち実験対象に向けていた顔と同じだった。
「まあ、そうだよな。必要のない手術をしているわけだし」
「ああ。その、わざと欠損させるようなこともあった」
「欠損」
それは腕がなかったり、足がなかった人のことだろうか。まさかわざと切り取ったというのか。それは、考えるだけでぞっとする。思えば、ここにいる誰もが勝手にどこかを切り取られていたのだ。
自分だって、内臓を置き換えられている。それは健康なものを勝手に切り取り、そしてiPS細胞で作ったものが正しく動くか実験された結果だ。
「俺の内臓もか」
「そうだな。石田の実験の結果だ。橋本は、脳の一部をわざと切り取り、それがどういう影響か調べていたこともある」
「うわあ」
具体的なことを言われると、よりぞわっと寒気が走った。そして、ここであったことが本当に常軌を逸することばかりだったのだと実感する。
自分が脳腫瘍を患っていたと知った後だから、こうして生きていることに少しばかり感謝する気持ちもあったが、それは不必要な感情だったらしい。
「の、脳を切り取ると、どうなるんだ?」
潤は思わず自分の額に手をやりながら訊いていた。自分は腫瘍を切られた結果だというが、それにより、小松潤として生きていた記憶がないのだ。
「君が陥っている記憶がないというのはメジャーなものだな。他に言語を操れなくなる、人格が変わるというものがある」
「うっ」
聞いておいてあれだが、潤は吐き気が込み上げてきた。
もしも潤の手術が失敗していたら、記憶がない以外にも障害があったかもしれないのだ。それは、非常に怖い。
「まあ、そういうわけだから、警察に総て打ち明けてくれ。ここで行われていたことは、正しいことではなかったんだ。それを世間に知らせるためにも、頼んだよ」
斎藤はこれ以上はいいだろうと立ち去ろうとした。しかし、潤はそれでは納得できず
「あんたは」
「ん」
「あんたは、誰かを殺したことがあるのか?」
そう真っすぐに斎藤を見つめて訊ねていた。斎藤は潤に向き合うと
「俺の血液のせいで死んだ子もいるよ。それに、俺はもう人殺しだ」
「えっ」
それだけ言って、今度こそ部屋から出て行ったのだった。
残された潤はどういうことだよと思ったが、追い掛けてまで問い質そうとは思わなかった。
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