第28話 原口雅晴・三日目

 一筋縄ではいかない事件だろうと予測していたが、ここまでややこしい事件になるとは思っていなかった。

 それが原口の今の率直な感想だ。

「川上さんが行方不明であり、どうやら石田さんの事件と関係がありそうだというのは解りましたが、DNA鑑定は一致しませんでしたね」

「ああ」

 そう、川上の研究室を捜査した際、石田の腹の中に残されていた臓器とDNAが一致するか、検証するためにサンプルを持ち帰っていた。そして結果、二つは一致しなかったのだ。

 ここで二人の臓器が交換されたと判明していれば、事件は単純な構造になっていた。しかし、内臓は未だ見ず知らずの人物で、同時に川上は行方不明で生死不明という状況。よりややこしくなってしまっている。

 ただ、川上と石田はかつて共同研究をしており、そこから辿ればいずれ容疑者にぶつかるのではという可能性が出てきて、少し状況は好転している。だが、このまま悠長に捜査していたら、被害者が三人になってしまうかもしれない。

「川上は生きているだろうか」

「どうでしょうねえ。誘拐されてすでに一週間ですか」

「ああ」

 その間、犯人から何の要求もなされていない。ということは、川上を利用して金銭を要求するつもりは全くないのだ。これはつまり、石田と同じような目に遭わせようとしていると考えるのが素直な発想だ。

「でも、なんでその二人を狙ったんでしょう。研究内容は確か、iPS細胞に関してでしたよね」

「らしいな。とはいえ、そのiPS細胞を使ったって、内臓を丸ごと入れ替えるなんて芸当は出来ないだろ。犯人は何が狙いなんだよ」

「ああ、そうでしたね。iPS細胞って何でもできるイメージがありますけど、まだまだ臓器を作るのは難しいという話でしたね」

「ああ」

 川上の研究室で助教をしている河野という男から、ある程度の情報をもらっている。しかし、そんな猟奇殺人事件に巻き込まれるような研究はしていないとの返事があった。そして、iPS細胞の研究は進んでいるものの、内臓を丸ごと作り出すなんてことは難しいという証言も得ていた。

「じゃあ、なんでこの二人は狙われたんだ?」

「さあ」

「動機も犯人も不明となってくると、警察としてもお手上げに近いよな。だが、この二人を狙った以上、犯人はiPS細胞に関して何か思うところがあるってことだろう。それも、内臓を入れ替えてみせるような不可能に近いことをやってのけてみせて、まるで自分の実力を誇示しているような」

 そこまで言って、原口はそれが狙いかと腕を組む。

 たとえば川上と石田の研究よりも凄いものを作り上げたと、世間に公表したい奴がいるというのはどうだろう。

 いや、しかし、そうなると石田の死体を遺棄した理由が解らない。腹を捌いて中身を入れ替えるなんて、やはり異常だ。

 復讐か、それともサイコパスか。そういう要素を付加しないことには、そんなリスクを背負う理由が見えてこない。

「手間暇っていう点だけでなく、医療機器が必要ですもんね。しかも一日は生きていたということから、それなりの設備があったとしか思えませんし」

 落合も同じ点が気になり、そう付け足してくる。

 そうだ、この事件は正しい医学知識がなければ起こせない。この点をどう考えればいいのだろうか。そして、そこを突き詰めると、ライバルだった研究者が相応しいように思うが、こんなことをする意味は見えてこない。

「ちっ。ともかくiPS細胞の研究者を当たるしかないだろう。今、その研究から退いている奴が最も怪しい」

「そうですね」

 ともかく捜査の方針として、これから研究者に絞って行われるのは間違いない。今まで医者か研究者かさえ解らなかったのだから、これは一歩前進だ。しかし、研究者が内臓を入れ替えるなんて手術が出来るのか、という点には疑問が残ったままだ。

「医学系の人だと医師免許は持っているはずですよ」

「そうなのか」

「ええ。でも、臨床から離れていますから、手術できるとは限らないみたいですけど」

「なんだ」

 世の中、そう上手く話が進むことはないか。しかし、事件を解く手掛かりはiPS細胞の研究者しかない。

「川上と石田の研究に関して、土屋先生から説明を受けよう」

「そうですね」

 落合は頷くと、すぐに土屋にメールを打った。何かと忙しい土屋は電話に出れないことが多い。だからいつも連絡手段はメールだ。

「夕方には電話をくれるでしょうか」

「そうだな」

 それまでは研究者のリストアップかと、原口は大きく溜め息を吐いた。どうにもいつもと捜査の勝手が違うので疲れてくる。足での捜査が一番なんて古めかしいことは言わないが、どうにも普段の地道な捜査とは違うことばかりだ。

「まだまだはっきりしませんね」

「そうだな。死体があった場所からは何も解らないんだ」

 そもそも現場では何も起こっていないに等しい。手術が行われ、そして殺された場所はあの川じゃない。それがどこなのか、これも謎のままだ。

「医療機器のある場所か。これだって限られるよな。それとも、個人の自宅にそういうものを作っているのか。だとしても、密かに作り上げるなんて可能なのか」

「ですよね。しかし、この近隣の病院はすでに捜査済みですよ。犯人が研究者かそういう研究に携わっていた人に変わったとしても、やっぱり病院とは切っても切れないわけですし。どんな小さな実験でも、医療に関わることならば研究所の中で人体実験なんてやらないですよ」

「だよな。やっていたら本当にフランケンシュタインだ」

 昨日の夜、原口も気になってフランケンシュタインに関して調べていた。自分の理想とする人間を作り出す。そのために死体を切り、つぎはぎに組み合わせていくというのは、確かに今回の事件を思い起こさせるものだった。

「医療機器を扱っているメーカーにも問い合わせていますが、今のところ、個人医院に売ったという以外に、個人単位で買った人はいないみたいですしね。それに心臓も入れ替えられていましたから、人工心肺が必要だったのは確実です。それに関しては大きな病院にしか売った記録はないとのことでした」

「だろうな」

 落合がすぐに共有されている捜査報告を確認して教えてくれるが、そんなもの、売ったという事実があったらすぐに買った奴を引っ張っているはずだ。警察は今、犯人に繋がる手掛かりを何も得ていないのだから、少しの情報でも欲しいところである。

「どうなっているんだ」

 まだまだ何かがあるような気がして、原口は妙な胸騒ぎを覚えていたのだった。

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