第23話 馬場香織・五日目

 目が覚めると斎藤がいた。

 それだけで、香織の気持ちは一気に浮上した。

「先生」

「おはよう。点滴は順調に進んでいるよ。よく頑張ったね。今日で終わりに出来るだろう」

「嬉しい」

 点滴が終わるのは嬉しかった。でも、やっぱり斎藤と話せること、さらには褒められたことが何よりもうれしかった。

 点滴くらいで褒められるなんてと思うが、ここの病院では点滴の管を抜いてしまう人や、点滴だけで大暴れしてしまう人もいるから、斎藤も思わず褒めたのだろう。でも、そういう事情があるとしても、嬉しいものだ。

「顔色も良くなったね」

「そ、そうですか」

「ああ。明日の検査でもいい結果が出るだろう」

「検査」

 それも久々のことだなと、香織は何をやるんだろうと不安になる。とはいえ、明日は確実にベッドに寝ているだけの一日ではないのだ。それだけでもいい。

「心配しなくても、簡単な検査だよ」

「はい」

 香織の不安げな表情を見て斎藤が優しくしてくれるものだから、香織はもう最高だと思ってしまった。これならば検査も嫌ではない。

 斎藤は香織の目を見てしっかりと頷くと、点滴の様子の確認に戻った。速さを調整して、時計を確認して頷いた。

 香織はもう終わりかと不満になってしまった。

 今、満足したはずなのに、なんともわがままな気持ちだ。でも、ずっと独りで寝ているのだから、寂しくなって当然だった。

 斎藤は香織の脈を計り、もう終わったという感じだったが

「そうそう。カオリはナミと仲が良かったよね」

 いきなりそう問い掛けられた。

 香織はびっくりしたが

「はい。あの」

 ナミのことが知りたいと頷いた。しかし、同時に不安にもなる。

 ひょっとして死んでしまったのだろうか。この病院で他の患者の話題が出るのは、大抵、死んでしまった時だった。

「明日、ナミと談話室で話すかい」

 しかし、斎藤が言ったのは予想とは違い、しかも嬉しい申し出だった。

「い、いいんですか」

「点滴を頑張ったご褒美だよ。明日の検査の後ね」

「やった」

 誰かとお喋りできるなんて、それこそ久しぶりだ。

 前の病院では看護師と話すことはあったが、他愛のないお喋りが出来るわけではない。だから、少し年上とはいえ、女の子と普通にお喋りが出来るのは本当に嬉しかった。

「ナミもとても話がっていたよ。じゃあ、今日も頑張れるね」

「もちろんです」

 斎藤の確認に、香織は笑顔で頷いた。

 ああ、こんなにも気分が高揚するのはいつ以来だろう。病院が変わって、見る景色が変わった日以来だろうか。

 ずっと灰色だった日々に、彩りが出来たような気分だ。

「そんなに笑顔になるなんて、私も嬉しくなっちゃうな」

 斎藤は香織の頭を撫でると、今度こそ出て行った。

 ああもう、なんて今日はいい日なんだろう。

 斎藤と喋って褒めてもらって、しかも頭を撫でてもらえるなんて。さらに明日にはナミとお喋りできるなんて。

 色々と不安になることもあったが、もう大丈夫だ。だって、こんなに楽しい気持ちになれるんだから。

「ああ、早く明日が来ないかな」

 まだ朝だというのに、香織は思わずそう呟いてしまうのだった。

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