第22話 原口雅晴・二日目

 普通の医者や研究者の所業ではない。

 そう土屋は言っていたが、素人には無理であることも間違いないだろう。

 これは原口個人の意見だけでなく、捜査本部もそう考えて捜査を進めている。しかし、そう簡単に丸ごと内臓を取り出し、あまつさえ移植できる人間なんていないものだ。あまりに難し過ぎる。

「国内だとまず誰にも手術は無理だろう、という言葉は本当でしたね」

 土屋の思い違いではないかと思っていたのは落合も同じようで、落胆の溜め息を吐き出す。これだけ医学が発達しているのだから、医者は何でも出来るのではないかと思ってしまうものだが、現実はそうはいかないものらしい。

「そもそも日本では移植そのものが珍しいからな。脳死移植が可能になった今でも、やっぱりそう簡単に手術に繋がるものではないようだ」

 原口は現実問題として、移植手術がそれほど行われていないことがネックになると腕を組んだ。どうやら本当に医者を調べても無駄なようだ。

 しかし、それではどうして犯人はあえてそんな芸当をやってみせたのか。

 国内では移植手術そのものが珍しく、そしてそんな技術は多くの医者が不可能であるというのに、あえて石田の内臓を入れ替え、しかも一日生かせてみせたのはどういう動機からなのか。

「解らねえな。完全な異常犯罪だ」

「まるでフランケンシュタイン博士みたいですよね」

「えっ」

 落合の呟きに、どういうことだと原口は横にいる落合を凝視した。すると落合は知ってるでしょときょとんとした顔をする。

「フランケンシュタインですよ。あれって怪物の名前じゃなくて、博士の名前だって知ってましたか。まあ、それはどうでもよくってですね、内臓を入れ替えるっていうので、あれこれネットを調べていたんです。それでヒットしたんです」

「あ、ああ」

 なるほど、フランケンシュタインか。

 原口は確かにねと頷いた。とはいえ、あれは人間の部品を集めて継ぎ合わせ、人造人間を作るという話ではなかったか。

「内臓を全部入れ替えたら、人造人間みたいなもんかな」

「私もそこは悩みましたけど、犯人がそういう実験の末に石田の内臓を入れ替えて、死んじゃったから捨てたというのならば、ちょっと整合性はあるかなって」

「いやあ、そう簡単には出来ないだろ」

 ただでさえ、技術面だけでも難しいという話をしているのに、犯人はフランケンシュタインの怪物を作ろうとしていただって。それこそ荒唐無稽な話だ。

 しかし、実験の末に捨てたというのは妙にしっくりくる話だった。

「この近所にマッドサイエンティストがいるってことか」

「本人は至って真剣かもしれないですよ。これが科学の発展に繋がるって妄信してやっているんです」

「だとしても殺人だ。法に則っていない実験をする奴なんて、マッドサイエンティスト以外の何物でもないだろうが」

 ただでさえ奇妙な事件だというのに勘弁してくれよと、原口は手を横に振った。しかし、そういう奴を仮定しないと、まったく犯人に該当する人物が出てこないだろうことも解っていた。

「犯人は医学系、もしくは生物系の大学を出ているってところか」

「そうでしょうね。さすがに見様見真似ってのは難しそうですよね」

「ううん。とはいえ、今や何でもネットで知識を仕入れられる時代だからなあ」

 すでに医者の捜査で空振りしているだけに、範囲を狭めていいものかと原口は悩んでしまう。しかし、医療機器がなければどうしようもないのは事実だ。

「ネットの購入履歴にメスとか鉗子を買った奴がいれば疑えるんだけどな」

「そんな単純に判るような方法で買ってますかね」

「解らん」

 今、可能性の話をしているだけだ。そこを深く突っ込まれても困る。

 そもそも、この事件は今のところ奇妙な死体はあるものの、何の手掛かりもないのだ。こうして一課の自席に座って駄弁っている現状がそれを表している。だから、何か捜査する手掛かりはないかと考えているのである。

「原口さん、もう少し真剣に考えてください」

「原口さん。下に土屋さんがいらしているそうです」

 落合がやる気を出してくれと苦情を言ったところに、同じ一課の別の席から声が飛んできた。伝言を頼まれたらしい。原口はそちらに向けて軽く手を振ると立ち上がった。

「何か解ったのかな」

「土屋先生に丸投げですね」

 そう言いつつ、一緒に立ち上がった落合も土屋に期待しているのがよく解る。

 二人揃って一階の受付まで降りていくと、土屋がぼんやりと案内板を見ている姿が目に入った。珍しいことだ。何があったのだろう。

「お待たせしました」

「いえ」

 原口が声を掛けると、土屋は振り向いて笑顔になった。しかし、いつもと違って何か愁いを帯びた顔をしている。

「何かありましたか」

「ええ。石田さんが発見された事件と関係あるかどうかは解らないんですが」

「おっしゃってください」

 これは何かあるなと原口はすぐに話してくれと促した。

「それが、石田さんが誘拐されたと思われる頃から、私が昔お世話になった川上先生もいなくなっているというんです。川上先生は石田さんとも面識があったので、どうにも気になってしまって」

「えっ」

「ですから、足取りが掴めなくなっているんです。石田先生と同じく、大学と奥様の双方から捜索願が出されているはずなんですが」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 予想以上に事件と関係がありそうな話になって、原口はここで話すには適切ではないと判断した。落合もそう思ったようで

「会議室を押さえてきます。それと、川上さんの捜索願についても検索してみます」

 すぐに一課に戻っていく。

「ともかく会議室に。順を追って話していただいてもいいですか」

「もちろんです。もしも川上先生もこの事件に巻き込まれているのかもしれないと思うと、私も気が気ではありません」

 土屋は原口がしっかりと話を聞いてくれると解り、ほっとした顔になる。それは普段、警察に適切なアドバイスをしてくれる天才の顔ではなく、一人の年相応な女性の顔だった。

「どうぞ、こちらに」

「はい」

 原口は土屋を伴って一課のあるフロアに戻り、落合が押さえておいてくれた会議室へと入った。

「捜索願、確認できました」

 すぐに落合も戻って来て、確かに石田がいなくなったとされる五日前から姿が見えないのだという。

「捜索願が出されたのは二日前ですね。大学に出勤しないこと、奥様も家に戻って来ないことを不審に思い、とりあえず警察に相談したということのようです」

 落合は言いながら、持ってきたノートパソコンを原口に見せた。そこに捜索願の検索結果が載っている。原口はそれを確認して、落合の報告が合っていると頷いた。

「すぐに捜査してみましょう」

「よろしいのですか」

 土屋は迷惑ではないかと少し躊躇っている。しかし、何の手掛かりもなかった事件が、別のところで繋がっているかもしれないのだ。動かない理由はない。

「捜索願が出されているのは隣の県ですし、すぐに連携が取れると思います。それに、石田さんの身体に入れられていた内臓が誰のものなのか解らない状況ですからね。もちろん、川上さんではないことが望ましいですが、一応、DNA鑑定もしてみましょう」

「それでは、よろしくお願いします」

 土屋は川上の勤めていた大学に連絡を入れてくれるという。これで川上のDNAサンプルも無事に手に入るだろう。その後、川上と石田の関係について土屋に訊ねる。

「同じ分野の研究をされていたのですわ。私も近しい分野の研究をしていましたので、お二人の論文を拝読したことがあります」

「ほう。それじゃあ、昨日の被害者も知っていたんですね」

「ええ。内臓が入れ替えられていたという話ばかりに気を取られていましたが、あの石田先生だったなんて」

「それは、ご愁傷さまです」

 確かに昨日はすぐに死体の状況の話になってしまった。だから、被害者について詳しく話し合っていなかったのだ。原口は土屋の気持ちに配慮していなかったと頭を下げる。

「いえ。私もまさか身近な人が事件に巻き込まれるなんて考えていませんでしたから」

「それが普通ですよ。ええっと、つまり、お二人とも医学系の研究をなさっていたんですね」

「そうです。iPS細胞の発展形の研究です」

「ほう」

 意外な共通点まで出てきたものだ。しかし、そんな研究者がマッドサイエンティストの餌食になったとは、なんとも皮肉な話だ。いや、犯人は何かヒントを得ようと被害者に接触したのだろうか。そこで何かトラブルがあり、被害者の身体で実験を行った。

「さて、これで進展してくれればいいんだが」

 土屋のもたらした情報が事件解決の手掛かりになってくれることを、原田は心底願うのだった。

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