第21話 斎藤隆一・四日目

 実験は順調に、第二段階に入った。

 警察の動きは思った以上に遅いようだが、こちらは問題ではない。カードを握っているのは斎藤なのだから、慌てる必要はないのだ。

 今日、最も大変だったのは警察を相手にすることよりも、実験体に真実を知らせるという作業だっただろう。

 これから実験を進めていくにつれて、実験体と呼ばれた者たちに正しい情報を与え、こちらに協力してもらうことが何よりも大切になる。そうしなければ、世の中にここで行われていたことが正しく伝わらないからだ。

 非道な実験の数々。

 その中にあった彼らの証言は、警察の、そして世間の心を大きく動かすことだろう。

「殺すのも生かすのも、関わった科学者次第。そうでしたよね。橋本先生」

 斎藤は部屋のベッドで規則正しく寝息を立てる橋本に向けて、そう言葉を掛ける。

 彼女が最も非道な実験を繰り返したのだ。これから同じ所業を受けてもらうわけだが、さて、どういう感想を持つだろうか。

 尤も、麻酔で寝てしまっているのだから、どうこう感じることも、考えることも出来ないだろう。しかし、それでいいのだ。

 実験体たちは理不尽に人生を再開させられ、そして勝手に終わらされていったのだから。すでに死亡したものとして扱われていたとしても、彼ら彼女らは間違いなく生きていたというのに。

「小松潤は驚いていましたよ。自分が本当に、小松潤という存在の続きであることを知って。そして憤りを感じていました。でも、そうだからこそ、俺と土屋先生に協力すると誓ってくれました」

 斎藤は橋本の寝るベッドの周囲をうろうろとしながら、考えをまとめるために話しかける。

 返事なんてなくていいのだ。ただ、今から行われることは、この研究所の始末のために必要なことだ。その確認である。

「自分が自分ではない、というのはどういう感覚なのでしょうね」

 ただ、斎藤にも解らないのは、実験体たちの気持ちだ。憤り復讐しようとすることは解っていた。しかし、それ以上に何を思うのだろうかと考えてしまう。

 科学者の所業を恨むだろうか。

 それとも、生かされたことを喜ぶのだろうか。

「まあ、それは無事に生き残ったら考えてもらうことにしますか」

 それはおそらく、彼女も考えなければならないことだろう。土屋七海として生きていくために、考えなければならないことだ。

「そう言えば、彼女はどうしてあんなにも完璧なのだろうか」

 この研究所において異質な存在であったが、斎藤は目の前の彼女がたまに本物の土屋七海ではないかと錯覚しそうになる。

そうではないことは、自分が一番よく知っているはずなのに。

 特に今日は問題なくMRIを扱ってみせたものだから、多少驚いた。一応はいつでも手伝えるように傍にいたが、彼女は一度も迷うことなく操作し、必要なデータを取っていた。

「まあいいか。彼女のことだ。ナミに何かを託していたとしても不思議ではない。今はただ、遺言を実行すべく、確実に実験をこなしていくだけだ」

 小さな疑念のせいで、総てを台無しにするわけにはいかないのだ。すでに石田の死体は警察に渡った後。後戻りはできない。

「あなたが実験体になるのも、もうすぐですよ」

 斎藤は橋本にそう囁くと、その場を後にしたのだった。



『昨夜S川で発見された石田剛さんの事件で、遺体に不審な点があったことから、警察は殺人事件と断定しました。警察は石田さんが最後に目撃されたQ県にあるコンビニから足取りを追っており、同時に石田さんの周辺についても詳しく調べを進めています』

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