第20話 小松潤・四日目

 ベッドに縛り付けられる生活が続いている。

 何のデータを調べているのか解らないが、身動きが取れない状態はなかなか辛いものだ。

 潤は動ける範囲で身体を動かしつつ、忙しなく機器のチェックをしている斎藤を見る。

 斎藤の目は真剣そのものだった。一つでも見逃しがあってはならないというような、そんな目をしている。

 見ているのは何の数値なのだろう。あれこれ取り付けられているので、潤には何がどういう数値を示しているのか、さっぱり解らなかった。

 言えることは、全身くまなくチェックをされているということだ。一体自分の身体にどんな秘密があるのか。潤は少し怖くなる。

「よし。今日はこの後、MRIの検査を受けてもらう。だから一時的にコードを外すよ」

 斎藤はチェックを終えると、こちらを見てそう言った。てっきりこのまま何日も苦行を強いるつもりだと思っていただけに、別の検査があるというのは意外だった。

「MRIなんて使えるのか」

「使えるよ。この研究所は可能な限り元の状態に戻してある」

 斎藤は淡々と機器の電源を落とし、一つずつ潤の身体に取り付けられているコードを外していく。

「へえ」

 潤が感心したのは元の状態という言葉ではなく、斎藤がここを研究所と言ったことだ。やはり人体実験が目的の場所だったと、斎藤はあっさり認めたことになる。

「検査を担当するのは土屋先生だ」

「えっ」

 しかし、研究所という言葉以上に気になる言葉が出てきて、潤は思わず訊き返す。

「土屋先生が総てをやってくれる。先生が来るのは午後三時だ。検査はそれからだ」

「へえ。それまでずっと数値を見ていなくていいのか」

 壁に掛けられていた時計を見ると、まだ午前十時だった。しばらく時間があるのに、今から機械を片付けていいのか。

「その間に君には読んでおいてもらいたいものがあるからね。談話室に移動しよう」

 それに関して、斎藤は何の問題もないと言い放つ。それにしても、読んでもらいたいものとは何だろうか。

「読んでもらうって、これからの検査についてとか」

「違う」

「じゃあ」

「君自身に関わることだ」

 斎藤は機器が取り付けられていた皮膚に問題ないことを確認してから、潤に立ち上がるように促した。

「おっと」

 素直に起き上がってベッドから降りたものの、七十時間ぶりに立ち上がったものだから、潤は少しふらっとしてしまう。

「車いすを用意しようか」

「いや、大丈夫」

 すぐに斎藤が支えてくれて、しかも車いすを用意するなんて言うから、潤は驚いて大丈夫だと言ってしまった。斎藤は少し疑わしいようだったが、潤の言葉を信じてすぐに離れる。

 こういうことも、以前まではなかったことだ。すぐに立ち上がれずに転んだ場合、どの医者たちも自ら立ち上がるまでは手を貸すことなんてなかったのに。しかも車いすなんて、まずない選択肢だった。立ち上がれないのならば担架かベッドのまま運ぶのがお決まりだったというのに。

「どうした?」

 疑わしそうな潤の目に気づいて、斎藤が首を傾げる。自分の行動が奇妙だとは思っていないようだ。

 今はまだ、大事な検体だからだろうか。潤はますます疑わしげに斎藤を見たが、斎藤は困惑するだけだった。

「大丈夫。ちょっとくらってしただけ」

 潤はその斎藤の奇妙さを指摘してやろうかと思ったが、今は土屋の指示で動いているからかと思い直して取り繕った。すると、斎藤はほっとしたようだ。

「では、行こうか」

「ああ、うん」

 斎藤が歩き始めたので、潤はその後ろに従って歩き出す。

 ふと、ここから逃げることは可能だろうかと考えたが、斎藤の奇妙な変化が気になるので大人しく従っておくのが無難だろう。それに土屋がどこにいるのかが解らない。

「読みながらでいいから、昼食を取ってもらう」

「えっ」

 潤があれこれと考えていると、また斎藤が予想外のことを言ってきた。今まで、談話室で食事なんて認められるはずなかったのに。

「ここは今、土屋先生のために動いているだけだ。必要以上に規則を設けてはいないよ」

 今度は潤の戸惑いがすぐに判ったようで、斎藤がそう付け加えてくる。

 なるほど。責任者が変わったから方針も変更されているというわけか。ということは、今までは厳しく規則が必要な実験が行われていたということか。

 それにしても、閉鎖されたここで、土屋は何がしたいのだろうか。

「土屋先生は今、何をしているんだ?」

 潤はその土屋が何者なのか解らなくて困ってしまう。

「別の場所で実験中だ。大丈夫、君の不利益になるようなものではない」

「へえ」

 殺すつもりじゃないのか。潤はその点もよく解らなくなってきて混乱してしまう。

 いや、少なくとも完全に安全ではないだろう。斎藤は殺す可能性について一度も否定していないのだ。

「さあ、入って」

 あれこれ考えている間に、談話室に到着していた。談話室と呼ばれるものは何か所かあったので、一番近いところにしたようだ。

「へえ、綺麗にしてるんだ」

 廊下までは手が回っていないというのに、談話室は綺麗に掃除され、テーブルも椅子も新しいものだった。

「ここは必要な場所だからね」

「ふうん」

 確かにさっきまでいた診察室も綺麗なものだったし、必要な場所はしっかりと元通りにしているというわけか。しかし、談話室が必要というのは、よく解らなかった。

「これだ」

 色々と困惑していると、斎藤がノートパソコンを持ってきた。パソコンにはすでに読ませたい文章のウインドウが開いた状態だった。俺は適当な場所に座ると、斎藤が置いたパソコンを覗き込む。

「なんだ、これ」

 どうせつまらないものだろうと思っていたが、そこに書かれていた意外なものにぎょっとなる。そして食い入るように見つめていた。

「それが君の真実だ。小松潤」

「嘘だろ」

「真実だよ。君は俺たち、科学者によって蘇らせられた存在だ」

「そ、そんな」

 自分が一度死んで、蘇っただって。

 斎藤が耳元で囁いた言葉に、潤は地獄に突き落とされたような気分になった。

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