第14話 橋本真由・三日目

 眠気が全く取れてくれない。

 これがおかしいと気づいたのは、遅ればせながら今日の朝だった。

 久々に羽目を外してお酒を飲んだせいで眠気が続いているのだと思っていたが、そうじゃない。

 明らかに薬の影響だ。

 くらくらして平衡感覚を失う感じからして、かなり強烈に作用している。

「どれかに、もしくは全部に睡眠導入剤が入っているんだわ」

 迂闊だったと思うものの、犯人から差し入れられる飲食物しかここにはない。相手が何をするつもりか解らないのに、飲まず食わずというわけにはいかず、全く手を着けないわけにはいかなかった。

「どうしよう」

 上手く回らない頭が腹立たしい。でも、犯人に対抗するためには考えなければならない。

 缶詰とペットボトル、それに缶コーヒー。どれも混入は難しそうなものだ。しかし、ずっと眠たい症状が続くことから、この中のどれかに、もしくは総てに混入しているはずだ。

「ああ、もう。どうすればいいの。ともかく、コーヒーはカフェインが入っているわけだし、飲み合わせとしても悪いから、これは大丈夫かな」

 そう思いつつコーヒーを飲もうとするが、上手くプルタブが開けられない。指に力が入らない。それにイライラするも、瞼が勝手に落ちてくる。

「何て強烈なの。規定量の倍以上を飲まされているわね」

 何とか起きようと抗ってみたが駄目だった。橋本はまた眠りに就いてしまう。

 そしてすやすやと寝息を立て始めると、ガチャリとドアが開いた。そして中に入って来たのは斎藤だ。

「順調だな」

 眠りこけた姿、大して食事が取れていないことを確認し、斎藤は頷く。そしてその間に、やるべきことをやっていく。

 まずは採血だ。腕から採るとすぐに気づかれる可能性があるので、足首からこっそりと採取する。ついで、体温と血圧の確認。

 ここで死なれては元も子もないので、体調管理はしっかりとしておく必要がある。そうしなければ、計画が狂う。

「とはいえ、後三日ほどだけれどもね」

 眠りすぎてむくんだ橋本の顔を見つめながら、斎藤は事務的な調子で呟いた。

 この事件を手伝う斎藤としては、一番面倒なのがこの橋本だった。何かと警戒心が強いために、わざわざ飲み会なんてものまでする羽目になるとは、こちらが災難だ。

 飲み会の最中に聞かされた話の、なんと苦々しいものか。

「まあいいか。これで彼女も満足することだろう」

 本日も異常なし。斎藤はそれを確認すると、そそくさと部屋を後にする。

 やることはたくさんあるのだ。一人に割ける時間は少ない。

「総ては彼女を満足させるために」

 ただそれだけのために、元同僚たちを犠牲にするのだ。

 斎藤は廊下に出ると、暗い笑みを浮かべていた。


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