第15話 斎藤隆一・三日目
実験はほぼ予定通りに進んでいる。
明日には次の段階に入れることだろう。
「ふう」
この実験は精神的にきつい部分がある。しかし、これは真実を知る者として、どうしても成し遂げなければならないものだ。
二人の保護、そして、三人への制裁。
これをいかに効率よく、しかもバレずに済ませるか。これにはとても神経を使うものだった。
そして次の段階。これから、警察を気にしながら動く必要が出てくる。
「正念場はここからだ」
背後にある、すでに処置済みの死体をちらりと見て、斎藤は大きく息を吐き出した。
世間にあの実験を知らせるには、これは必要なことだ。しかし、実験とは気分が全く違ったことに、斎藤自身が驚かされた。
やったことは大して差がないというのに。
そこにいるのが同僚か、見ず知らずの人間だったかの差だというのに。
それなのに、罪悪感は全く違ったのだ。
ああ、やはり私もこいつらと一緒だったのだなと、そう気づかされた。
いや、気づいていなかったからこそ、彼女はこの役目を自分に託したのだろう。
「お願いよ。必ず最後までやり遂げて」
消えゆく命の中、彼女はそう言って斎藤にこの件を託した。
だからこそ、どんなことがあってもこれをやり切らなければならないのだ。
それが、失意の中で死んだ彼女のためでもある。
iPS細胞の新たな段階の挑戦。
それはこんな倫理に違反するものではなかったはずだ。
それをちゃんと世間に知らせなければならない。
たとえ多くの人の命が救われるとしても。
たとえ誰も殺していないのだとしても。
やはり許されないことだったのだから。
「俺もあんたも人殺しだったんだよ」
斎藤は今度こそしっかり死体に向き合うと、そう言い切った。
それが、ここでやったことの総てなのだ。
実験なんて表現で済まされるものではない。
「世間に注目してもらわなければ意味がない。だからこそ、手の込んだ細工が必要なんだ」
警察に、マスコミに大騒ぎしてもらうには、研究者がただ死体となって現れるだけでは駄目なのだ。そのために処置が必要だったのだ。
「さあ、真実を知って、人々はどうするかな。ただのマッドサイエンティストたちの所業だと切って捨てるだろうか。それとも、今後の医療の発展のために必要なことだったと言えるだろうか」
これは斎藤にも解らないことだ。
だから、純粋に楽しみだと思っていた。
この点にもやはり、斎藤がここの研究員でしかないことを表しているのだが、本人はまだ気づいていないのだった。
『今日午前四時頃、G県S川に死体が遺棄されているとの通報がありました。発見したのは新聞配達員の男性で、死体は川の中ほどにうつ伏せの状態で置かれていたとのことです。
警察からの情報によりますと、発見された男性はT大学准教授の石田剛さんで、数日前から行方が分からないと大学側から警察に相談があったとのことです。
なお、死体には不審な点がいつくかあり、警察は事故と事件の両面から捜査を開始しています』
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