第13話 小松潤・三日目
潤はベッドに縛り付けられていた。
いや、これは正確な表現ではない。
身体に色々な検査機器が取り付けられ、腕には点滴を付けられているせいで動けない、というのが正確だ。
「一体、何を調べているんだよ?」
潤は不機嫌な声で、検査機器のデータをチェックしている斎藤に訊いた。しかし、斎藤はこちらをちらっと見ただけで答えない。
今、ここにはこの斎藤と、昨日会った謎の女、土屋七海の二人しかいないらしい。そして、検査するように指示したのは土屋だった。
明らかに斎藤より年下、斎藤は三十五歳、それよりは十も下に見える土屋が上にあたるらしいというのも謎だ。
検査することが自分たちの秘密に関わっているというが、秘密とは何なのか。単純に実験動物に選ばれた、身寄りのない人間というだけではないのか。
「あの土屋って人、何なんだ?」
何か引き出せないかと、再び斎藤に声を掛ける。すると、斎藤は少し悩んだ素振りをしたが
「天才だよ」
とだけ答えた。
天才ねえ。
そう言われても、潤は何も思い浮かばない。凄い人をそう呼ぶんだろうという程度の認識だ。
しかし、斎藤が命令を聞いている理由は解った。つまり、あの土屋には敵わないと考えているということだ。
「凄いの?」
「凄いよ」
その程度には答えてくれるらしく、斎藤はあっさりと頷く。
「あの人って何歳?」
「さあ」
具体的な部分はやっぱりはぐらかされてしまった。それでも、ベッドでただ寝転がっているだけなのは暇なので、質問を繰り返す。
「俺と同い年くらいかな。俺ってたぶん、二十二だよね」
「そうだな」
「あの人は、大学に行っていたんだ」
「うん」
「俺とは違って、あの人は自由なんだな」
潤がそう呟いた時、斎藤が驚いたような顔をしていた。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「だって」
「彼女もまた、不自由なんだよ」
潤が何かを言い募る前に、斎藤は悲しげに言った。
一体、何がどうなっているのか。
斎藤にとって、彼女もまた憐れむべき存在であるらしい。
「あんたって、誰にでも優しいよな。疲れないか」
思わず、潤はそう訊いてしまう。これにも斎藤は驚いたような顔をしたが
「優しくないさ」
それだけは、きっぱりと言ってきた。潤はその言葉がなぜか必死に紡がれたように感じたが、本人に確認することは出来なかった。
「少し外すよ」
そこで斎藤は一度部屋を出て行った。
この部屋は病室と違って広く、その分、一人になると孤独を感じる。特に検査機器の発する無機質な音が響いているとなれば、なおさら孤独感は増した。
「あいつ、何を悩んでいるんだ?」
仕方なく、先ほどの斎藤の反応について考えてみる。
優しいことをあえて否定したのはどうしてだろうか。
この病院で唯一まともで優しいと、誰もが認めていた斎藤は、今、何を考えて土屋に手を貸しているのだろうか。
「そもそも、あの女の目的はなんだ?」
わざわざ閉鎖された病院で、そこにいた実験動物の自分を呼び戻して、秘密を知っていると言ってみたりして。
「何なんだろうな」
いずれぼろ雑巾のように切り刻まれて終わると思っていた人生が、奇妙な方向に向かい始めたのは間違いない。
しかし、今まで待っていた未来と、土屋が用意しようとしている未来に何の差があるのかは解らない。
少なくとも、今はまだ殺されない。潤の身体から何かデータを得たいと思っているのは間違いないのだ。
「手術か」
過去の手術で何かされたのだろう。それを土屋は探っているのか。
「解らないなあ」
自分に関わることなのに、何一つ知らないじゃないか。
実験動物だって知っているだけで、それ以上は何も知らないのだ。
「一体、俺は何者なのだろう」
実験動物であるジュンという男は何者なのか。
外の病院で必要だからと、小松潤なんて名前を与えられた自分は何者なのか。
「何も知らないんだな」
潤はもう一度そう繰り返すと、諦めたように瞼を閉じていた。
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