第12話 川上賢太・三日目

 昨日、銃声のようなものを聞いた。

 パンっという乾いた音だった。銃声というものを実際に聞いたことはなかったが、そういう音がするものだという知識はある。

 怖かった。

 すっかり安心しきっていたが、自分は今、謎の犯人に囚われているのだった。

 僅かとはいえ窓を開けるなという警告だったのだろうか。

 それとも、他にも誰か同じように囚われている人がいるのだろうか。

 ここは病院のようだし、似たような部屋が同じように連なっていることだろう。少し離れたところに別の誰かがいたとしても不思議ではない。

 しかし、未だに犯人は自分の前に現れない。

 自分だけが被害者なのか。犯人は何人いるのか。まだ知らなかった。

「一体、何がどうなっているんだ?」

 怖くてベッドに座ったまま、川上は呟く。

 全く以て訳が分からない。

 犯人が何者なのか。

 目的は何なのか。

 何一つ知らされていないのだ。

 いや、それどころか、犯人はどうしてこうも姿を現さないのだろう。

 今日も食事は夜中に寝ている間に運び込まれていた。懸念していたトイレも掃除してくれたようだ。

 しかし、犯人は頑なに川上の前に姿を現そうとしない。これはどうしてなのだろう。

「普通は何か言うものじゃないのか?」

 どういう要求が通れば開放されるだとか。身代金を払わせるために電話しろだとか。

 ドラマや小説の知識だが、そういうことさえ言って来ないのはどういうつもりなのだろう。

「大人しくしていれば、俺には何もしないってことか。でも、それだって理不尽だ」

 どうすればいいんだと、川上は頭を掻き毟ってしまう。さすがに三日も風呂に入っていないから、髪はべとべとだ。

「風呂に入りたいなあ」

 一度気づくと、身体が痒く感じた。

 服は置いてあったパジャマに着替えたままだが、これだって三日も着ていれば臭ってきそうだ。これの替えはくれるのだろうか。

 総てが犯人に握られていることを否応なく意識する。

 それでいて、こちらはその犯人を知らないのだ。

 気味が悪い。

「どうなってしまうんだ」

 ここがある程度快適に保たれているだけに、不安は増大する。

 犯人は明らかに長期間、自分をここに監禁しようとしている証拠ではないか。

 そう思えてくるのだ。

 いや、そうでなければ、トイレの世話をしたり、食事と水分を律義に届ける意味はない。

 犯人は誰かに対し、長期的に何かを要求するつもりだ。

 しかし、そう考えてみても、自分をこんな場所に閉じ込める目的は見えてこない。

 何度も繰り返すが、川上はそれほど重要な男ではないのだ。

「何がしたいんだよ?」

 訳が分からない状況に、気がおかしくなりそうだ。

 犯人が銃を持っているかもしれないという恐怖まで加わって、川上はこの状況に飲まれつつあった。

「もう出してくれよ。何がしたいんだよ!」

 頭を掻き毟りながら、ベッドに蹲っているしかない自分は、なんと哀れなことか。

「駄目だ。落ち着かないと」

 今日も置かれていた缶コーヒーに手を伸ばし、それを一気に飲み干す。

 こうやって嗜好品まで許されているのもよく解らないが、今はコーヒーが有り難かった。

 少なくとも、殺されることはない。

 しかし、すぐにここから出られる可能性は低い。

「どうなってしまうんだ?」

 もう窓に近づく気力もなく、ただただそこから見える青空と山の緑を見つめることしか出来ないのだった。

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