第10話 石田剛・二日目

 こんな場所だというのにぐっすり眠ってしまったな。

 石田は起き上がると、うんっと伸びをした。普段の生活ならばこれほど静かに、十分に眠ることなんて出来ない。

 一体どこのどいつがこんな悪戯をしているのかは知らないが、この点だけは感謝した。

「飯か。それと、何だ?」

 しかし、いい気分だったのはそこまでだった。部屋の入り口付近に缶詰がいくつかとペットボトル、それに何か黒いビニール袋に包まれたものを発見したからだ。

 缶詰や水は食料だと一目で解るが、黒いビニール袋が何なのか解らない。

「なんか、不気味だな」

 一先ず缶詰と水をベッドに移動させ、何が出てきても大丈夫なように避難させた。

 眠っている間に置かれていたということは、犯人は姿を見せるつもりがないのだろう。ということは、水や食料は非常に貴重だ。

「ううん」

 怪しい黒いビニール袋をじっくりと観察してみる。触って爆発なんてされては堪ったものではないからだ。

「何だろう、これ。液体でも入っているのか」

 しかし、そのビニール袋の中には硬いものは入っていないようだった。でぷんっとした様子で地面に置かれている。

「ううん」

 正直、中を見たくはないのだが、何か解らないものが部屋にあるというのも気味が悪い。

 石田は仕方なく、それを突っついてみる。すると、液体だけではなく、何かぶるんっとした感触が指に伝わってきた。

「マジでなんだ、これ。水風船みたいなものが入っているのか」

 全く解らないうえに意味不明だ。石田は嫌だなと思いつつ、そのビニール袋の口を解いた。

「うげっ」

 そこには見慣れたものが入っていた。しかし、起き抜けに見たいものではないし、ましてや床にビニール袋に入れて置かないでほしいものだ。

「これ、iPS細胞を培養して作った心臓じゃねえか」

 なぜそう見ただけで解ったかというと、それには一度も血が通った跡がなかったからだ。

 綺麗なピンク色の心臓。

 そんなもの、作り出さない限りは不可能な代物だ。そして培養液を吸っているだけの心筋でなければ、これほど綺麗な色合いにもならないだろう。

「何なんだよ。どうしてこんなものがここにあるんだ。全部大学の実験室に移動させたはずだぞ」

 ここでこういった物を作って実験をしていたとはいえ、いきなり目の前に現れるとたじろいてしまう。

「驚かせやがって」

 ドキドキと高鳴っていた心臓の鼓動が落ち着いたところで、石田は悪態を吐いていた。

 犯人からの嫌がらせだろう。ということは、ここでの実験を知っている奴が犯人ということだ。

「一体どこのどいつだよ。本当に」

 わざわざこんなものを盗み出してくるなんて、よほど再生医療にアンチな連中か。

 たまにいるのだ。移植にしたって、こういったiPS細胞を使ったものにしたって、自分の身体に異物を入れてまで生きるのはおかしいという奴が。

 しかし、そんなのは健康な奴のエゴだと石田は思う。実際に自分が移植でしか助からないとなった時まで言えるのは、それこそ狂信者のみだ。死を前にして虚勢を張っていられるほど、人間は強くない。

「心身の自由って言うけどさ。そういうの、ちゃんと考えてほしいよな」

 石田はビニール袋に入った心臓を一先ず机の上に置きながら、思わずぼやいてしまう。

「そうね。ちゃんと考えてほしいわね」

 しかし、それに返答があってびっくりしてしまった。

 石田は慌てて振り向いたが、パンという乾いた音が耳元で響いたのを最後に、意識が途切れてしまったのだった。


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