第8話 小松潤・二日目

「どこに行くんですか?」

「ついて来れば解るよ」

 朝、目が覚めると斎藤が部屋の中にいた。潤はびっくりしたが、同時にほっとしていた。

 少なくとも、この人はまだマシだ。

 完全に信じられるわけではないが、他の奴らよりはマシ。それは間違いない。

 いつも困ったような顔をする男は、今も困ったような顔で潤を見てくる。

 それにしても、廊下に出てみて驚いた。

 てっきり連れ戻されたのだと思っていたここは、すでに機能を停止していたのだ。

 廊下の電気は少ししか付けられておらず、廊下の隅には埃が溜まっている。それだけではない、看護師も他の、たまにやって来ては不快な思いをさせてくれる医者たちもいなかった。

「ここは、閉鎖されたのか」

「ああ」

「じゃあ、どうして俺はここに連れ戻されたんだ?」

「来れば解るよ。そこで、あの人が待っている」

「あの人?」

 斎藤は必要最低限しか答えてくれない。これはここに閉じ込められていた時と同じだ。

 やはりこいつも、自分たちのことを実験対象としか見ていないのだろうか。

「殺すのか?」

「まずは話だ」

 殺さないとは言わないんだな。

 潤は思わず笑いそうになった。

 しかし、笑おうとした顔は僅かに引き攣っただけで終わった。さすがに死ぬかもしれないと思うと、気持ちとは裏腹に緊張してしまう。

 それに実験で殺されるのならばともかく、すでに閉鎖されたこの病院に連れ戻されて殺される。それはすなわち、口封じ以外の何物でもないではないか。

「ここはどうして閉鎖されたんですか」

 沈黙が怖くて、いや、死刑を執行されるために死刑台に向かう囚人のような気分になってしまうので、潤は斎藤に話しかける。

 斎藤は少し困った顔をしたが

「必要なデータが揃ったからだ」

 とだけ答えた。

 必要なデータというのは、もちろん人体実験を繰り返して得られたデータのことだろう。つまり、これ以上の実験は必要ないということか。

「なあ」

「ここだ」

 再び口を開こうとした順に、到着したと斎藤がドアに手を掛ける。

 そこは何の変哲もない診察室だ。

「何でここに? 閉鎖されたんだろ?」

「入れば解る」

 斎藤は必要最低限しか答えたくないのか、ドアを開けて中に入るように促す。

 どうにも釈然としないが、従うしかないだろう。それに、ここに誰かいるのは間違いないのだ。

「失礼します」

 癖でつい以前のようにそう声を掛けてしまった。

「失礼じゃないわ。私が呼んだんですもの」

 それに対し、女の声がそう答えた。

 そんな返しをする医者はここにいない。

 一体誰なのか、潤は興味をそそられ中に入った。そして、パーテンションの向こうにいた白衣の女を見た。

 若かった。潤と変わらないくらいか、少し上くらいだろうか。綺麗な黒髪を長く伸ばした、可愛らしい印象のある女だった。

「あんたは誰だ?」

 まさか後始末を請け負ったのが、こんなに若い女だというのは意外だった。潤はどうなっているんだと、女と斎藤を見比べてしまう。

「私はあなたたちの秘密を知る者よ」

「秘密だと」

「ええ。私の名前は土屋七海。よろしくね」

 土屋七海と名乗った女は、にこりと微笑んだ。

 それはここの医者が見せたことのない、とても綺麗な笑顔だった。

「ふうん。よろしく、か」

 変な奴だな。

 潤は綺麗な笑顔とその言葉が面白くて、土屋の話を聞く気になっていた。

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