第5話 石田剛・一日目

 目が覚めたら被験者たちが入れられていた部屋にいた。

 いったい何の冗談だと思ったが、ドアが施錠されていることに気づくと、笑ってはいられなくなった。

 間違いなく、自分はここに監禁されたのだ。

 それも家で寝ている間に連れ去られ、こんな場所に放置されたのだ。

「一体誰がこんなことをしたんだ?」

 意図の解らない悪戯ほど恐ろしいものはない。

 ここは閉鎖され、今や過去の遺物となったのだ。それなのに、こんな場所に閉じ込めて何がしたいのか。まったく解らない。

「そもそもこんなことをして、誰に何のメリットがあるんだよ」

 部屋の中を改めながら、石田は首を捻るしかない。

 もうすでに使われなくなっているというのに、電気は点いているし水道は流れている。空調も問題なく動いている。

 これもまた、怖さを覚える。

 監禁するだけならば、電気や水道なんて必要ないはずだ。わざわざ快適な空間を与える必要はない。

「一体何なんだよ。ここの実験に加担していたが、それだけだ。少々拙いことがあったから閉鎖されたとはいえ、ちゃんと文科省の認可も補助も受けた研究施設だったんだぞ」

 責任があるとすれば、それこそあの技術を生み出した土屋七海にある。石田はそれに少しだけ協力しただけだ。ここでの実験によって自らの理論を発展させることは出来たが、全体から見れば大した進歩ではない。

「すでに移植技術は大きく進歩しているからな。まあ、大きな臓器を作り出すという点では、俺の技術は役に立つんだろうけど」

 それでも、石田剛がやらなくても、他の研究者がいずれ辿り着いたことだろう。今やありふれた技術の一つなのだ。

 一時大問題となったクローンを古いものとした研究。そして、これから確実に必要になる研究。

「ああもう、何なんだよ。俺を脅してもどこからも金なんて引き出せないぞ」

 石田はそう大声で叫ぶ。しかし、ここの建物はあらゆる場所が防音されている。叫んでも無駄なのだ。その事実を思い出すと、身体から力が抜けてしまう。

「ちっ」

 どうしたものかなと、石田はベッドの上で胡坐を掻いた。そしてこの状況をどう考えるべきかと悩んでみる。

 だが、ヒントがない。一体誰がこんなことをするというのか。

「橋本、なわけないよな。あの女は冷酷だぜ。監禁するにしたって、電気を復活させようなんて思いもしねえだろうよ。真っ暗闇の中に放置しそうだ」

 ここが研究施設として稼働していた時、最もヤバい研究をしていたのが橋本だと石田は思っている。

 延命治療の発展のためとはいえ、あれはやり過ぎだろう。見学したことはあるが、思わずナチスドイツの人体実験を思い出したほどだ。

 あれはどう考えても、誰かを助けるための技術じゃない。

「あいつはどっちかって言うと脅される側だよな。まさか自分のやっていた実験について、黙ってろなんて言わないよな。いやいや、その場合はこんな快適に監禁しねえって」

 それどころか、自分にも実験を施し、手術の失敗に見せかけて殺しそうだな。

 そんなことを想像し、身震いしてしまう。シャレにならない話だ。

「あとは、斎藤か。だが、あいつは災難だったとしか言えないよな。若手研究者として期待があったから、ここに来たようなもんだ。土屋とも昔から知り合いだったらしいが、だとしても、度胸がない。よく裏で青い顔をしていやがったし。とはいえ、斎藤を除くと後は役に立たねえ奴ばっかりだ。そいつらが脅すってのも変な話だし」

 口止め料として退職金を山のようにもらい、さらには次の研究先まで斡旋してもらっているのだ。至れり尽くせりである。恨むのは筋違いというものだろう。

「あれ、そうなると誰もいなくなるなあ。ううん、解らん」

 どうして自分がここに閉じ込められているのか。

 まさか被験者たちの気持ちを知れと思っているのか。

「意外とあり得るか」

 それならば、斎藤の可能性は大きくなる。が、その点に関してはあの男も同じ穴の狢だ。しっかりここの研究で教授の地位を得ている。正直、石田に嫌がらせするのは間違っている。

「解らねえなあ」

 こう何もないと、人間同じことを繰り返し考え、繰り返し言ってしまうものらしい。

「そう思うと、被験者たちは何も知らないからこそ、ここにいれたわけか。毎日毎日黙々と大人しくしていたもんな。まあ、奴らはもう人間じゃなかったしな」

 記憶もないんだから、考えるわけねえよな。

 いや、自分が目の前にいる人間とは違う存在だとさえ、知らなかったに違いない。

 三人生き残った奴らがいたが、あいつらもそろそろ寿命だろう。あれだけ実験を繰り返されて、健康を保てるはずがない。

「はあ。ともかく、誰か来るまで待つしかないってことか。それはそれで暇だなあ」

 寝過ぎでもう眠くねえし。

 石田はベッドに座ったまま、ぼおっと鉄格子の向こうの空を見るしかないのだった。

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