第4話 橋本真由・一日目
昨日は久々に前の職場の同僚と会って食事をした。そ
こで出されたお酒が美味しくて、ついつい飲み過ぎたのを自覚している。
同僚に甘えて、帰る途中で寝てしまったのも覚えている。
しかし、目が覚めたらこんな場所にいる理由が見出せなかった。
「一体なんの冗談なわけ?」
まさか自分が前の職場の、それも外から見ていた部屋の中にいるなんて。
見間違えるはずがない。
病院を思わせる作りの部屋。ベッドも机も見覚えがある。
「ここは閉鎖されたはずよ。総ての研究データは揃ったこと、検体も残り三つとなり、実験は限界だという判断から、ここは用済みになったのよ」
昨日飲んでいた同僚も、同じようにここで働く研究者だった。閉鎖が決まった時、残った検体をどうするかで揉めたものの、それ以外は特に問題もなく閉鎖された場所だ。
それなのに今、自分はどうしてその研究所の、しかも検体がいた部屋にいるのだろう。
試しにドアノブを回してみたが、鍵が掛かっていた。
検体が余計な情報を知らないよう、鍵は必ず外側から掛けることになっていたから、こっち側から開けることは不可能だ。
「犯人は斎藤よね。あいつと飲んでいたんだもん。でも、こんなことをする理由は何かしら。あいつに何のメリットがあるっていうの。あいつだってここのおかげで、素晴らしい論文を書けたはずよ。多少汚いこともあったけど、あいつだってやっていたんだから」
自分だけ恨まれる覚えはない。いや、恨むという点で言えば、斎藤だって恨まれているはずだ。
そう考えると、斎藤は脅されて自分の監禁に加担したのだろうか。
「あの男って検体に甘かったものね。あいつらは私たちが作り出した研究動物だというのに、どういうつもりだったのかしら。下手に同情しているんじゃないわよ」
だから脅されて、こんなことを手伝う羽目になるのよ。
橋本はそうに違いないと考え、思わず壁を蹴飛ばしてしまう。だが、部屋の中は防音されているため、大した音もしない。
「カバンは消えているし、スマホもなし。まったく、次に斎藤が来たら覚えていなさい」
手伝っているのならば、仲間に引き込めばいいだけだ。取り敢えず文句を言って、一発股間に蹴りを入れて、その後は脱出を手伝ってもらおう。
そこまで考えたら、少し気持ちが落ち着いた。
ともかく、しばらく我慢すればいいだけだ。まさかここで飢え死にさせようなんて考えていないだろう。
いくら検体に多少の無理をさせたことがあるとはいえ、飢えさせたことはない。
「人間の寿命が延びれば延びるほど、私たちの研究は必要になるというのにね。どうして検体を補充しようとは思わなかったのかしら」
こんなことになるのならば、残り三体に関しても使い切るか、新たな補充をしてここを稼働させ続ければよかったのだ。そうすれば、妙な気を起こす馬鹿も出なかっただろうに。
「でも、誰が犯人かしら。ここの秘密を知る検体はいないはずよ。斎藤が自ら作り出したあのナミだって、真相を知ることが出来ないように厳重に管理されていたというのに」
どういうことかしら。
解らない部分はあるものの、それも斎藤に訊けば済む話だ。
あの男が加担しているのは間違いないのだから。
二日酔いで頭も痛いことだし、このままベッドで寝ているのが一番ね。
橋本は再びベッドに戻ると寝転んだ。しかし、喉が渇いていて眠れそうにない。
あれだけ酒を飲んだのだから、身体が水分を欲していて当然だ。
「ちっ。水道の水くらいしかないわよね」
再び起き上がって水道を捻ってみると水が出た。電気も点いているし、冷房も入っていることから、この研究所は正しく動いているらしい。斎藤が動くように手配したのだろう。
「本当に腹が立つわ」
さすがに飲み込む勇気はなかったので、橋本は水を手に取ると口をうがいするだけにした。しかし、これで少しは喉の渇きが誤魔化せる。
「何が目的かしら。殺すつもりならば、ここに連れてくる必要はないわよね」
何もかも解らない。考えても無駄だと思うものの、考えるくらいしかやることがないから、ついつい無駄な思考をしてしまう。
「ダメダメ。こんなの、奴らの思う壺じゃない。斎藤め。一発殴るくらいじゃ気が済まないわ。十発くらい殴ってやる」
橋本は再びベッドに戻ると、今度こそ眠りに就くのだった。
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