第8.5話 絶対正義の襲撃
ヒュミリッド王国北方の都ベングランス。
王国軍第六駐屯基地なんかとも関係が深く、国境付近に並ぶほど軍事産業が盛んな都である。
またそのため魔獣素材については国内生産トップを誇る都でもあり、国土全景を思えば辺境と呼んでさしつかえのないような場所に位置しながらも王国で三番目くらいの繁栄ぶりを誇っている。
そんなベングランスを牛耳る大本は間違いなく国家ではあるが、それに次ぐほど―――とくに大衆向けの産業面においては支配しているとすら言えるような存在がある。
それこそが世に伝え聞く社会派マフィア、エルゴファミリーである。
麻薬の類を取り扱わないという協定を結ぶことでベングランスの軍警察支部にその存在を黙認される彼らは、実際のところそれ以外のことなら必要とあらば大体なんでもやってのけるという凶悪さでベングランスの裏社会を牛耳る必要悪的存在だ。
しかし今のところ、すくなくとも記録上は従順に、じわじわとその支配力を広げている。
いったいその最終目標がどこに至るのか、それはボスのみぞ知るといったところである。
さてそんなエルゴファミリーが有する事務所という名のセーフハウスのひとつ。その建物の最上階。
手入れのよく行き届いた清潔な室内には、立派なテーブルとふかふかのチェアが置かれ、細やかな模様の描かれたカーペットが敷かれている。
そこでちょうど“麻薬以外の必要なこと”をやっていた
テーブルに腰かけたまま視線を巡らし、カーペットに並んで首を垂れながらに震える兄弟たちを見渡した男は、呆れをにじませ口を開いた。
「―――それで、アレをおめおめと逃したという訳か」
男の呟きに男たちがガタガタと震えながら頷きを返した。
男は眉を上げ、またひとり無口になった。
「お前たちのその正直なところは好きだぞ?しかしだ。正直に謝れば許してもらえるというのなら警察組織など不要だろう。……顔を上げろ」
命令された男たちが競うように顔を上げる。
そして自分たちを見下ろす冷ややかアイスブルーの瞳を見て一様にその身を凍らせた。
呼吸すらうまくできず、しばし続く静寂の中でひとりが気を失った。
嘆息。
とそこで、女がぴくりと身じろぎする。
そして鋭く視線を扉に向けてゆるりと口角を上げた。
「アリオステラ?どうした」
「うふふ。客人ですわ」
「なに?」
怪訝な表情を浮かべて扉を見やる男。
その言葉からすこししてにわかに騒がしくなる建物内部。
怒声、銃撃の音、それらすべてがやがて悲鳴に掻き消され、そして残ったのは世界を踏みにじるような重厚な足音のみ。
鋭く扉を睨むその視線の先で、バギャッ!と盛大な音を立てて扉が外れた。
「軟弱な扉だ」
そう言って扉を脇に退ける大男。
金髪をオールバックにした法衣をまとう巨人―――絶対正義。
彼は、悪の足跡を追ってこの街までやってきていた。
その黄金の瞳で室内を睥睨し、アリオステラと呼ばれた女には目もくれず灰髪の男へと視線を留めると、彼は懐から取り出したスクロールを開いて見せながら尊大に問う。
「答えよ。悪は
「何者だ?」
絶対正義からの問いかけに男は答えず、逆に鋭い口調で
そのとたん絶対正義は黄金をギラリと輝かせて歯を噛み締めた。
みしみしと踏みつけられた床が悲鳴を上げる。
放たれる圧倒的な威圧感に険しい表情で額から汗を流す男の傍らで、女がささやくように笑んだ。
「絶対正義、ですわね」
「なに?」
女の言葉に、男はその言葉の指す意味を即座に思い出す。
そしてじろじろと彼を見て納得すると、こんどは怪訝な表情を向けた。
「なんだ、まさか私たちを悪と滅ぼしに来たのか?」
「戯れるなクズめが」
男の言葉を即座に吐き捨てた絶対正義は、苛立たし気に唸り、それからまたぎちりと歯を鳴らす。
「貴様らごときは悪ですらない。ただの蛆虫よ。天が裁きを下すまでもない、自惚れるな」
嘲笑うですらなく、まったくの事実を述べるかのような絶対正義の言葉に男は視線を鋭くする。
「ではなんだ。まさか本気で人探しとでも言うのか?あいにくそんな女は知らんぞ」
「戯れるな、と言っているのだ。貴様の下らん虚言癖に付き合ってやるほど我は暇ではない」
「奇遇だな、私も同じだ。ただでさえ面倒ごとを処理せねばならんというのに」
「それ、だ」
「なに?」
絶対正義は、スクロールを懐にしまいながら尊大に腕を組んで言葉をつづけた。
「この街の至る所で匂う。悪の匂いよ。そして闘争と鉄。貴様らが不遜にも追おうとしている者こそが悪なる者よ」
「私たちの追う者?ただの魔術師と女が貴様の言う悪とでも」
男がバカにしたように嘲笑えば、絶対正義はぎちり、と歯を鳴らした。
「吐け。どこへ行った」
「……あれらならば列車に乗って東へ行ったよ。もっとも、その目撃者もすでに地平に隠れてしまうほど前のことだが」
「ふぅむ。小賢しい真似をする」
男の言葉に絶対正義はそうとだけ呟くと身を翻し、さっさと部屋を後にしていった。
謎に几帳面を見せて扉を元の位置に戻していく彼を見送った男は大きく嘆息する。
「なんなのだあれは」
「絶対正義。己が独善に基づいて悪を裁く狂人ですわ」
「噂は訊いていたが、あんなものを教会は飼っているのか……いや、あれに合う首輪などありえないか」
未だ震える指先をぎゅうと握る男。
それをごまかすように男は女に視線を向ける。
「あの狂人が行ったからには、アレの始末はつくと考えていいと思うか?」
「そうですわね。どちらが本命かは定かではありませんけれど、どうせ皆殺しですの」
「では本部にはそう伝えておこう。送り込んだ者たちではやや不安があったのだ。そう思えばこれは幸運だったのかもしれない」
そんなことを言いながら、しかしその瞳には怒りと憎悪を燃やして男は歩き出す。
女は穏やかな笑みを浮かべてそれに続いた。
「ここは気に入っていたのだが……しばらくは使えんな。カーペットも新調せねばならん」
「雷に打たれたと思って諦めることですわね」
「手厳しいな」
気軽に話しながら、女はなにげない動作で残りの男たちを撃ち殺した。
そうしてずいぶんと静かになったセーフハウスを、ふたりはのんびりと去って行った。
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