第6話 魔術師
バスに揺られること数分。
たどり着いた次のバス停で待ち受けるのはもはやそろそろ見慣れてくる刺客の男たち。
女はため息を吐くと立ち上がり、まともに動ける程度にはなったらしいオノとともにバスの出入り口に向かった。
運転手に会釈してバス停を降りると先ほどの針使いのコートから拝借しておいた針を投擲することで不意を打ち、その隙をついてあっという間に残りを捻じ伏せた。
そして今度は大通りを行く。さすがに一般人を大幅に巻き込むことはできないだろうという考えからの選択である。
しかしどうやらその考えは甘かったらしい。
人々の怒声や悲鳴に振り向けば、女とオノを狙って猛然と敵が―――というより自動車たちが走ってきた。
街中であるにもかかわらず放たれる銃弾を素手で足元に弾きながらオノの襟首をむんずとつかむと、軽やかに跳躍して一台の運転席に直接乗り込む。
「悪いが貸してくれ」
返答は待たずに男たちを車から投げ捨て、女は金属でできた丸いハンドルを握った。
そのとなりに腰を落ち着けたオノが首をさすさすしているので女はちらりと視線を向ける。
「すまない。痛めたか?」
「問題ない」
「であればいいのだが。悪かったな」
そんなことを言いながら堂々たる様子で車を走らせる女にオノは興味深げだ。
「車、運転できるの」
「ああ。意外か?」
「無線にも詳しかった。軍関係者?」
「長い長い休暇をもらったのでな。母の縁故を訪ねて森林帝国に観光だ」
口にしてみればなんだかおもしろく感じたらしい、くつくつと笑う女をオノはしばらく見つめ、それから前を向いてまた口を開く。
「私は、魔術学者をしている」
女の身分を知ったからか、同じようにオノはそう明かした。
魔術学者というのは、その名の通り魔術を学びその謎を紐解く者である。
国家認定の資格でもあり、並々ならぬ努力と定期的な研究の成果を必要とされる困難な職業ではあるが、そう名乗るだけで一目置かれるようなエリートの証でもある。
最年少魔術学者のニュースなど耳にした覚えはないが、と思いつつも、自分が世間知らずらしいとは自覚している女は純粋に感心した。
「その歳でか」
「真理の探求に年齢は関係ない」
「ああいや、単純に感心したのだ。気を悪くしたのなら謝ろう。すまない」
女が素直に頭を下げるとオノはどことなく居心地が悪そうにおしりを揺らす。
そしてしばらくの沈黙を挟み、ため息のようにつぶやいた。
「……本当は、まだ資格を持っていない」
そっと目を伏せるオノに、女はちらりと視線を向けて「そうか」とただ頷く。
オノは顔を上げるとどことなく不満げな口調で言葉を続けた。
「受ければ受かるはずなのに、父様が受けさせてくれなかった」
「ほう。それは災難だったな」
「挙句の果てに殺そうとしてくる。こんなことなら無理やりにでも受けておけばよかった」
「そうかそう……うん?」
デリケートな家族の問題にどう答えるべきか分からずとりあえずあいづちを打っていた女だが、オノがさらりと口にした言葉をさすがに見過ごせず怪訝な表情を向ける。
オノは女を見上げてぱちくりと瞬き、そうしてこくりと頷く。
「父様はマフィアの幹部」
「それはまた、なんとも愉快なことだな」
苦笑する女にまた頷くと、オノはぐでぇと座席に身を預けた。
やれやれ、とでも言いたげな彼女だがどちらかというとそれは女のセリフである。
そんな風に和やかに話すふたりだが、追っ手は変わらずやってくる。
ふたりの乗る車に追従するようにどこからともなく自動車がやってきては、追っ手たちは所かまわず銃を発砲した。
運転しながら針の投擲でそれらを仕留めていく女だが、さすがに走りながらでは精度も甘く、そのもどかしさに舌を打つ。オノに銃弾が届かぬようにと抱き寄せて守りながら、女はハンドルを切って路地に入り込んだ。
「悪いが道をあけてくれッ!」
声を張り上げ通行人を退かしながら路地を猛進。
何度かハンドルを切って路地を巡り、大通りを正面に捉えると、進行方向から挟み撃ちで突撃してくる追っ手たちに見せつけるように女は立ち上がる。
「品切れだ!遠慮はせずに取っておけッ!」
手持ちの針の残りを次々に投げつけて前方の追っ手を半壊させると、女は素早くオノを抱き上げてそのまま乱れた車列に突っ込んでいく。
そして跳躍。
突っ込んだ車に衝突した追っ手たちがつぎつぎに急ブレーキを踏みながらも衝突を連鎖させていくのを眼下に、軽やかに追っ手たちを飛び越えた女はそのまま細い路地裏に駆け込むと左右の壁を蹴り飛ばすようにして屋根の上へ。
いまさら目立つことなど気にしていられない。
すくなくとも屋根の上ならば普通の追っ手はまともに届くことすらできないのだ。
だから気にするべきは―――普通でない追っ手である。
「まったく、ずいぶんとひどい親子喧嘩をしたようだなオノよ」
ため息を吐く女の視線の先、屋根の上で待っていたのはなんとも気に障るにやけ面の優男。
妙な洒落っ気かグレーのスーツを着崩した、ほかの追っ手とは明らかに毛色の違う男だ。
見た目といい表情といい軽薄さをにじませるが、隙だらけに見えてその実すみずみにまで神経を巡らせた立ち振る舞いをしている。
バスの針使いと同じ雇われだろう。
実際のところ彼女はその存在に気がついていた。
この男、車で走っているときから屋根の上を追従していたのである。
その身のこなしから女は彼を『魔術師』と断定し、オノを下ろすと速やかに腰のマチェットを抜いた。
「ははっ!物騒だねぇ」
軽薄に笑った男が、まるで警戒を解こうとするかのように腕を広げながら悠々と近づいてくる。
しかし数歩も歩かないうちに驚愕するように目を見開いた。その視線の先には女のかばうオノがいる。
「―――王国式3重。身体強化だけ。おそらく他に武器がある」
淡々と語られる言葉。
女が振り向けばオノは目頭をもみながらふるふると頭を振っていた。
「魔眼か?」
「弱い力でも生体回路くらい見える」
「無理をするなよ」
女がぽんぽんと頭をなでれば、オノはこくりと頷いて目をしぱしぱと瞬く。
血涙が流れていたりしないあたり、どうやら普段の使用からあそこまでの負担がある訳ではないらしい。だからといって初対面の相手に問答無用で向けるのは控えてもらいたい女だったが、今回は相手が相手でもある、むしろよくやったと頭を撫でてやる。
「チッ、厄介だなお前」
軽薄な様子から一転して忌々し気に睨みつけてくる男。
それだけでない、その身にまとう雰囲気がとたんに変容した。
どうやらたった今魔術を行使したらしい。
魔術。
あらゆる生物が体内に有する、魔力の巡る血管のような経路―――生体回路を、特定の形に構築することでさまざまな作用・現象を発現する技術。
未だ魔力と生体回路の関係はすべて紐解かれているわけではないが、その中でも研究を通して効果が明らかになっている形をいくつ組み合わせ行使することができるかというのが魔術の行使者、すなわち魔術師の腕の見せどころである。
3重というのは3つの効果を発現させる生体回路であるということであり、しかもその効果がどれも身体能力の強化に関連するとまで分かってしまえば魔術師としてはたまったものではない。
一目でそれを見抜いたオノへと殺意を向ける男に、一方で女は軽くマチェットを回すと余裕の笑みを浮かべる。
「3重の強化者か。チンピラと変わらんな」
「そう思うなら試してみやがれ!」
まずは女から始末したいらしい、駆け出した男はふところから取り出した細いワイヤーの束を一振りで解くと続けざまに女へと振るう。先端に小さな金属塊のついた、いわば金属の鞭といったところだろう。
女は肩をすくめ、マチェットをしまいながら無造作にその先端をつかみ取った。
「なぁっ!?」
「すまない、訂正しよう」
そのままぐいと引き寄せればふんばることもできずに飛び込んでくる男の顔面に拳を叩き込めば、男はぐるんと一回転し屋根に衝突したきり動かなくなった。
「貴様はどうやら道化だったらしい。喜劇の礼だ。とっておけ」
あまり面白くはなかったがな。
そう言い捨て、女はオノを抱き上げると屋根の上を走る。
しかしどうやら相手は彼だけではないらしい。
おのれを狙ういくつかの気配を感じながら、女は自然と口角を上げた。
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