会社まるごと異世界転生

@kobasiri

Rq:1 直下型大地震の日

あらゆる神々、あらゆる天国、あらゆる地獄はお前の内側にあるのだ

ーージョーゼフ・キャンベルーー


2022年1月8日、大きな地震があった。人がたくさん死んだ。


1923年9月1日 AM11:58 M7.9、震源地は伊豆大島北端にある千ヶ崎の北15km付近の相模湾海底で、激震地域は、伊豆半島を横ぎり、三島から富士山麓を経て甲府盆地に入り、それから東北に進んで熊谷、館林、古河、下館を過ぎ、土浦から房総半島中央を横断して勝浦付近にまで渡るという余りに広大な地震だった。M7.9の本震から3分後の12時01分にM7.2、5分後の12時03分にM7.3という巨大な揺れが三度発生した「三つ子地震」だったそうだ。


??「湯浅常務、おはようございまーす」

パーテーション越しに常務の気配がする。湯沸かし器から汲んできたお湯を注ぎコーヒーメーカーの電源を入れ、一息。7階まで階段で登るのは新入社員時代から続けているが未だに慣れない。コーヒーこそが最大の至福だ、わかるだろ?


湯浅「荒坂くん、おはよう。今日も一番のりか?、藤原紀香」


しょうもない駄洒落に愛想笑いで返した俺は今日も冴えている、なぜなら昨日買った仮想通貨が10%も値上がりしたからだ。見る目のある人間はこうやって周りを出し抜くのだよ、ふふふ。常務にコーヒーを入れて持って行ってやろう。

この朝、このしょうもない瞬間のために毎日1番早く出社して、こうやって常務に顔を売っておくのが一番いい方法だ。


インフラ大手の子会社である我が社は、本社から幹部社員が送り込まれてくる。向こうでは課長止まりでもこちらに来さえすれば部長級以上が約束されている、まあ世の中こんなもんだろう。こちらも上手く彼らを使えば出世も早い。

カツカツカツカツ、廊下からヒールを響かせてオレの癒しが登場。

湯浅「美香ちゃん、おはよう」素早い挨拶だ、先を越された。

オレも負けられない。「美香さんおはようございまーす」

同い年で先輩社員の香野木(こうのき)さんが出社してきた。オレは隣の席に座っているが、彼女は妙に色気があって素敵だ、本日2度目の幸せが訪れている。子どもが4人もいなかったら真っ先にアプローチしていただろう。いい匂いがして脚がよろめいてしまう。

香野木「今、少し揺れませんでした?」

おいおい何を言ってるんだよ、こんな朝早くから縁起の悪いこと・・・・

ガガガガガガガガッガガガガガガガガッガーゴㇳゴトごとっととととttttt


周り中から細かな揺音と振動が押し寄せてくる。壁掛けの美術品やマグに入ったコーヒーが波打って、フロアが揺らいでいる。ビルが動いているのか、地震だ!!

湯浅「揺れてるな、これはデカいな」

パソコンを右手で押さえながら揺れが収まるのを待っていると、総務の立野さんが小走りにフロアへ突っ込んでくる、イノシシのように。

立野「地震、地震よ、みんな慌てないで机の下に避難、避難するんよ」

「おはようございます、揺れてますね」「おはようございます、地震ですねー」

まるでエキストラのように他課の社員が出社してくる、地震より仕事だよと言わんばかりの定型的な挨拶を交わし、何事もないかのようにパソコンを立ち上げている。揺れが止んだ。

机の下に隠れていた常務がひょっこり顔を出して一言「いやー、大きいぞ今のはー」と総務課に目配せしながら絵画の額を整える。

香野木「あー、保育園大丈夫かなー、電話着そうだなぁ」

軽く鼻をかむと、まだ詰まった鼻声を響かせスマホの画面を見ている。あーびっくりした。7階ってこんな揺れるの?タワマンとか住んでたら洒落にならないよコレ。


立野「もう一回来るかもしれないわよ、常務どうしましょう?」


いぶかしげに常務を見る立野さん、顔はもう帰りますと言わんばかりの表情だ。我が社は台風、地震、火事などの厄災には敏感で、建前上は各自の判断で休みが取れる。おっと今日はもう退勤か?これはワンチャンあるかも!?常務お願いっ!

年がら年中仕事に追われているわけでもなければ、大したノルマもない。昇進が早いわけでもなければ過重労働を強いられるわけでもない、リスク管理こそ少数精鋭な我が社の強みだ。精鋭たちが休みたがっているぞ、どうする常務。

湯浅「あーそれではー、余震の心配もありますのでー・・・」

ズドーーーーーン、ゴゴゴゴゴゴゴズズズズズズー

ゴトゴトゴトーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

窓の外を眺めていた。

景色が湾曲した光で浅黒く濁り、一瞬の間をおいて上下にぶれはじめた。

窓ガラスが外側にたわんで内側に戻り、デスクとイスが飛び跳ねた。

壁に張り付いた書棚が活き活きと踊りだし資料を吐き出す。

誰かのデスクに置かれていた商品サンプルの缶詰がゴミ箱に飛び込み、天井に亀裂が走る。サビた鉄骨、崩落する化粧板の粉が目に入り前が見えない。


まぶたを通じてかろうじて感じられた明るさも消え、おそらく電気が切れた。しばらくしたら予備電源が動くはず。いや、これは、パソコンはどうなってる?いやいや、皆は無事か?売店は、売店のパンは?

頭がかなり混乱してきた、こういう時は慌てない、急いで逃げなくては、慌てないのが肝心だ。すぐ逃げなくては、美香さんと立野さんは無事か?逃げなくては。慌てず急がず、急いで逃げよう。

「だれかぁぁぁあああ」消え入りそうな声で男性が助けを求めている、よく見えないが商品部の誰かだろう。足場を見ろ、フロアはところどころ凸凹だが歩ける。助けなければ、助けよう。

ガララ・・・ビューーーーゥ

割れた窓から風が吹き込んでくる。あっ!?


先日入社したばかりの新人が瓦礫の隙間から助けを求めていた。出血している、赤い染みがフロアを伝いなんともいえない。掘るんだ、その辺の何かでとりあえず、血と瓦礫をかき分けろ。かき分けろ。腕が動かない。右肩から先の感覚がない。


ああなるほど、あれは助けを求めて叫んでくれていたのか。この流れている血はオレのか。右腕が動かないのは瓦礫に埋まったせいか。どうりで鉄骨が刺さっているわけだ。死にたくない。右半分がぼやけているのも恐らく、自分では見れないのが残念だが・・・・。死にたくない。


パンジー、マリーゴールド、ひまわりで飾られた輪っかがこちらに向かってくる。真っ暗な世界の中にひと際大きく輝いているそれがオレを通り越していく。


「・・・ですか?・・・・かさーん」「荒坂さーーん」「大丈夫だったら教えてくださーーい」はぁーーー?あーーい?「あぇえ?おえおうないまいたー?」

あーー。あー、うぅっ。ぼんやりと視界が戻って、赤い世界が色を取り戻し始めた。暖かい毛布の中で、下半身の大事な部分にひんやりとした違和感がある。

ピコンピコンピコンとモニターから電子音が流れ、どうやらここは病室のようだ。マスクをした医師と看護士がベッドの周りに集まっている。


医師「なんとか意識が戻りました」「荒坂さんわかりますかー?ここは病院でーす。」

大きな声で医師が呼び掛けている。眠い。「ねむいえす」「まらねれいいえすか?」

医師「まずいね、xxxxx2.5mg追加で、静脈とって、あっちから。急いで。」「荒坂さーん、腕まげますねー」なにが起きたんだろう、なんで病院に?周りの慌ただしさで自分の状況がなんとなく理解できてきた。ふーっ。呼吸が苦しいな、腰が痛いんだけど。頭がガンガンする。鼻の中をビタミン剤の匂いが通り抜けていくのが分かる。とりあえず寝るか。


荒坂武威は全身打撲、骨折、大量出血のせいで生死の境をさまよっていた。新入社員の米倉が発見していなければ、今頃は確実に死んでいただろう。それはまるでダンプカーか大型トラックに撥ねられた時の衝撃だった。彼の全身は砕け、代替物で補うことを余儀なくされた器官もあった。幸い、近くの産業医が機能していたおかげで何とか一命をとりとめたものの、今後人間としてどうやって生きていくのかを考えさせられる、それはそれは酷いありさまだった。そこそこの出世欲と何の不便もない暮らしは地震によって埋もれて消えた。そして2度目の大地震が起きた。

大抵の人間は、地震で少し揺れたくらいでは意に介さずに日常生活を送るに違いない。「揺れた?いま揺れましたってー」と日常のワンシーンを賑やかにするネタぐらいに拾ってすぐ忘れていくのだろう。でもこの日の地震は違った。



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