第7話 終戦

 スキアの身体と融合を始めた俺の身体。

 それを見て驚愕する玲奈と火月。

「ちょっと。なによ。あれ!」

「おれに言うんじゃねー。あんなかに入っていったのは正樹だ。どうなる」

 火月と玲奈は周囲を取り巻くスキアを倒しながら、その様子を見守っていた。

 すると、スキアの分隊が正樹に飛び込んでいった。

 まるで肉体を求めてさまよう魂のように。

「ちょっと待って! 正樹をいじめないで」

 玲奈はそういうと、スキアを引き剥がそうと、短剣を振るう。

 だがスキアの暴走は止まらない。

 周囲を埋め尽くすスキアの姿に言葉を失う玲奈。

「おい。玲奈、お前も逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 火月の声に、ハッとした玲奈はバックステップで距離をとる。

「でも、正樹が――!」

「奴はもう終わった。諦めろ!」

「そんな――っ!?」

「お前にだって分かっているだろ。奴は死んだ。諦めろ」

 火月の冷たい声音に身を震わせる玲奈。

「分かったわ。合流する。ポイント一・三・一へ」

「了解。撤退する!」

 玲奈と火月が撤退を始める。


 熱い。気持ちが悪い。

 でも俺は諦めたわけじゃない。

 生きている。生きて帰る。

 俺はまだ生きているのだ。

 スキアとの融合を果たしたとしても。

 彼らはまだ分かっていないのだ。

 肉体を持つというのがどれほどの苦痛か、気持ち悪さか、ということを。

 俺たちは生きているのにも関わらず、生きる術を失ってきた。

 だが、今は違う。

 スキアが生きている意味を知っている。

 魂だけの存在だからこそ、肉を持つ意味を知る。

 料理を楽しむ。触感を、香りを、味を確かめることができる。

 見た目の華やかさ、耳に残る歌声。どれをとっても、肉を持つ俺らにしか分からない。

 この戦争ももうじき終わる。

 肉と魂を持った俺たちの幕引きで終わる。

 血肉を分け合った俺たちで。

 できる限りのスキアが融合したこの個体で。

 あそこにある地雷を踏めば、すべてが終わる。

 俺が俺でいる間に死を受け入れようと思う。

 だが、みんな自分のことで精一杯なのだ。

 だから他人を羨むことも、妬むこともある。

 生きることに執着するから、そんな反応もある。

 俺はまだ生きている。

 スキアと融合していくが、だがまだ自我を保っている。

 みんなの気持ちが入ってくる。

 スキア全体の意思が。

 でも、それに臆することはない。

 彼らが自分の意思と思っているのは、単なる欲望なのだから。

 生きたい。生きて、見返したい。そんな思いばかりだ。

 この気持ちと付き合っていけば、俺はまだ生きられる。

 まだ生きていられる。

 そう思い、足を踏み出す。

「こっちへきた――っ!」

 ラインハルトが悲鳴を上げ、撤退する。

 その代わりに火月と玲奈が前にでる。

「ちっ。あいつはもういないってのによ!」

 火月の叫びが、銃弾にのり、俺の脇腹をかすめる。

「はぁあっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁっぁっぁぁ!」

 接近してくる玲奈。

 その短剣で肉がそがれる。いや、スキアがそがれる。

 俺はもうスキアと同化してしまったらしい。

 意思を持ったスキア。それは万物に影響をもたらすのかもしれない。

「やあぁあ!」

 玲奈の斬撃にうろたえる俺。

 肉をそがれた痛みはない。

 だが伝わってくる痛み。

 スキアの痛み。

 彼らは生まれる前から傷みを伴っている。

 どうにかできないのか? と自問自答してみるが、応えは決まっている。

「正樹から離れなさい。このスキアども」

 玲奈の言葉に悲しみを覚える。

 スキアは生きようとしているだけ。

 彼女らのいない世界で。

 魂として。

 肉体を持たずに。

 にも関わらず、スキアはこの地を選んだ。

 生きてはいけない身で。

 それを分かっていながら、スキアはここにいる。

 この世界にいなくてはいけないのに。

 でも、もしかしたら――。

 火月の砲撃を浴び、俺はよろめく。

 そこに隙が生まれたと感じた玲奈は切り込みをいれる。

 痛い。痛い。痛い!

 俺は痛みを押し殺し、玲奈に向かっていく。

「ひっ。こいつ倒れないんだけど!?」

「弱音を吐くな。これは戦争だ」

「俺、お前たちと、戦いたく、ない……」

 俺は言葉にしてみるが、声ががさついて聞こえる。途切れ途切れの言葉に玲奈がうろたえる。

「今、正樹の声が聞こえたんだけど?」

「ああ。だが、今は敵だ。あれにとりこまれたいか?」

「違う」

「なら――倒せ」

 玲奈の剣戟に再び活力が戻り、俺を斬りかかる。

 陰となった身体の一部が切り落ち、姿を消していく。

「これでいい。これなら、わしの作った世界も終わりを迎える」

「ジョルジュ!」

 俺がそう叫ぶと、玲奈がジョルジュを見やる。

 もう死にかけている老人だ。玲奈が攻撃を加える気などおきないのも事実。

「わし、自らが、貴様の悪夢を取り除いてくれよう」

 そういって肉体をスキアに渡すジョルジュ。

 俺から剥がれていったスキアはその死にかけの肉体を求め、駆け寄る。

 スキアの中から解放された俺は玲奈に抱きしめられる。

「ああ。正樹」

「ホッとしている場合じゃない。あいつを倒すぞ」

 スキアで埋め尽くされたジョルジュ。

「分かっている」

 俺がそう呟くと、玲奈を見やる。

 玲奈と同時に斬りかかる俺。

 火月の援護射撃もあり、数分で陥落したスキア。

「ああ。お前とここで出会わなければ……」

「悪い。師匠。だが、今は――」

「分かっておる。わしは大罪人よ。消えるべきじゃ」

 そう呟くジョルジュ。

 血肉を失っていくジョルジュ。

 俺は悲しみを胸に、その姿を見届けた。

 スキアとなったジョルジュを。


 これでもう戦争は終わる。

 スキアとの戦いが。

 終戦のときがきたのだ。

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