第6話 過去
俺はジョルジュを置き去りにし、スキア本隊へ突っ込む。
切り開いた道は砂鉄のようにくっつきだす。逃げ場を立たれた状態で中心から攻撃をする形になってしまった。このままでは俺が先に潰れてしまう。
クリアになった視界にはどうすればのまれずにすむのかがわかる。
だがそれも限界に近い。
二つの剣を手にし、二刀流で斬りかかる。
周りはスキアだらけだ。切り刻むのは容易い。
空気を裂く音が耳朶を打つ。
着弾した周囲に金属片をばら撒き、傷つけていく。
「火月か」
「ひゅー。いっちょあがり。それ、もう一発」
火月の放つ銃弾がスキアの群れに突き刺さっていく。
火月の遠距離攻撃は今に始まったことじゃないが、火線を気にしながら戦うのは難しい。
ふたりの連携がとれていなければ、相打ちになってしまう。
だがそんなこともなく戦えるのは息があっているから。
何年こいつと組んでいると思っている。
高台からの射撃など児戯にも等しい。
そんな中、玲奈が下から切り刻む。
火月の援護あっての進軍だが、スキアは思った以上に倒れていっている。
そして地雷原にスキアをおびき寄せることに成功する。
間合いを取りながら戦っていた玲奈。火月の援護。俺の追い込みがうまく効いたらしい。
それにその奥にはスキアが求めている肉体が、領民がいる。
スキアは爆発にのまれ、その姿を消しつつある。
「殲滅戦か。嫌いだな」
俺がそう言うと無線にノイズが走る。
「へっ。てめーにはわかるまい。これが勝利の美酒ってもんだ」
地雷が炸裂する。
スキアはもう半数にも満たない。
多くの仲間を失ったのがショックなのか、同じところを行ったり来たりしている。
俺は一つの塊になったスキアを討伐するため、剣を振るう。
だがサーベルとなったスキアの手で阻まれる。
「くそ。こいつやる」
頭の中でなにかが弾ける。
「いっけー、バーサーカー!」
玲奈の声を聞き、俺は前に出る。
頭の端で、バーサーカーの意味を気に掛ける。
確か神話に登場してくる凶戦士のこと。普段は大人しいのに、戦闘になると興奮し人が変わったように強くなる、とか。
ああ、今の俺はまさにそうだ。
戦いになると目の色が変わる世界が変わったかのように全身の血が沸き立つ。全身の毛が逆立つ。
力がこみ上げてくる。
常人を超えた速度でスキアに斬りかかる。
避けようとしたスキアだが、逃げ切れずに腕を切り落とされる。
血なんて吹き出さないが、苦痛で顔が歪んだような気がする。
もう一方の手がサーベルになり、こちらに振り下ろされる。
落ちてきたサーベルをかわし、カウンターを食らわせる。
隙が生まれるとスキアの脇腹に剣を突き刺す。
集合体なせいか、致命傷にはならない。
『痛いよ、やめてよ』
小さな子が泣き叫ぶようにスキアから声が漏れる。
ジョルジュはなんてことをしてくれたんだ。
人の精神、魂をなんだと思っている。これではスキアが可愛そうなだけだ。
なんのために地上に魂があるのか。
なんのために生きていたのか、分かったものではない。
こんなに苦しむなら開放してやる。
俺はさらに剣を突き立てる。
「さっさと散れ」
静かにそう呟くとスキアは苦しそうにもがく。
『いやだ。死にたくなんてないよ』
また子供の声で泣き叫ぶ。
これではいつまでも倒せない。
「火月、玲奈、頼む」
「へっ。てめーから頼み事なんてな」
「了解。バリバリ馬力!」
玲奈が今どきの子の言葉を使うが、意味は分からない。
しかし、頼み事なんて初めてしたかもしれない。
だがお陰でスキアを倒せる。
長距離からの銃弾と、二方向からの斬撃により、疲弊していくスキア。
伸ばした手がサーベルに変わり、切り始める。
全身から手のようなものが伸び、全てがサーベルに変わる。
襲いかかってくる剣戟を避け、俺は振り向きざまに斬りかかる。
何度も斬りかかると、やがてスキアの本体が見えてくる。
青い瞳をした少年のような姿。
『僕を嫌わないで』
悲痛な叫びが耳にこびりつく。
スキアの殲滅を掲げたが、殺すにはためらう。
「何やっているのよ! 正樹」
「てめー!」
スキア少年の身体が伸び、俺を包み込む。
暗い世界へと閉じ込められる。
※※※
暗い。
灯りが欲しい。
松明に触れると火を灯す。
周囲には人っ子ひとりいない。
正確には生きていいる子供がいない。
死体はすべて少年。
俺の周りは死体で覆い尽くされていた。
「零号よくやった」
帰ってみると大人が嬉しそうに呟く。
俺は零号というらしい。生まれたときからそう呼ばれてきた。
「ん? 何を持っている。みせろ」
俺は手にしたバッチを見せる。
それは今日俺が手をかけた子供たちのネームバッチだ。
「そんな汚いもの、捨ててきなさい」
大人の言うことは絶対であった。
俺は言われた通りに、玄関先にある樹木のあたりに埋めた。
なぜか切り捨てることをためらったのだ。
「あの子は本来優しい子なんです。これ以上、強化すれば、精神が壊れてしまいます」
「優しさなどという人間らしい感情はいらん。さっさと強化したまえ」
老人がそう言うと大人たちがため息を吐く。
一度、目が合った老人。その顔には侮蔑の色が見てとれた。
俺を一人の人間とすら見ていない目をしていた。
「さ。中へお入り」
大人に進められるがまま、孤児院に入った。
俺には父も母もない。俺は俺を産んだやつの顔なんて知らない。
生まれてから、これまで記憶を探ってみても、やはり両親という顔は浮かばない。
橋の下に捨てられていたらしい。それは知っている。
そして、このあとに起こることも。
俺は何度かの注射をうけ、身体が変貌していくのを覚えている。
肉体の強化。精神の強化。
お陰で大したことでは驚かなくなったし、同情を覚えることもなくなった。
戦闘マシーンとなった俺はとある資産家の暗殺を行った。初めての血の味は気持ち悪かった。
だが同僚に直ぐに慣れると言われ、確かにすぐに慣れた。
人は殺し合いにもすぐ慣れてしまうのか。自身のことながら身震いしたのを覚えている。
そしてあの日。
俺は一人で森林の夜道を歩いていた。
「お主、わしと似た目をしておる」
ジョルジュだった。
俺の目を見て、過去を知ったジョルジュは泣きながら俺を抱きしめてくれた。
そのあとはジョルジュの誘いにのり、俺は稽古を受けていた。
「お主なら、この国の平和を守られるじゃろうて」
俺はジョルジュから色んな支援をしてもらって市民権を得た。
未だに奴隷文化のあるこの国で、市民権を得るなど、例外中の例外だった。
ジョルジュの計らいを嬉々として受け入れたものの、ジョルジュがいなくなったあとは、軍隊に入った。
平和を望むにはあまりにも血で汚れていた。
だからこそ、この国の最前線で戦い、人を守ろうと誓った。
それはジョルジュの言う平和だと信じていた。
だが違っていた。
ジョルジュは自分の手駒としてスキアを量産し、この国を滅ぼしにかかってきた。
今思えば、俺のような子供が軍隊になど入らないと思っていたからに違いない。
平和を望み、渇望し、そして自らがその戦争の只中いた。
自分でも知らず識らずのうちに世界を滅びす意味を与えていた。
ジョルジュは俺を愛するがゆえに戦争を踏み切ったのだ。
だから魂の壊れた子にスキアを与えた。
新しく生まれたスキアの子は優れた子へと育った。
だがそれは仮初の平和。
本来あるべき未来ではない。
俺たちは間違っていたのだ。この世界に平和をもたらすには、戦争しかないと思いこんでいた。
戦争は一人の勝利者で終わるものではない。一般市民の総意でなりたつものなのだ。
みなの協力が必要なのだ。それが希望の光になる。
そうでなければ、生きる意味なんてない。
俺はただの駒じゃない。
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