第5話 師匠との戦い

 俺は一人荒野を走る。

 方位磁石と地図を照らし合わせ、スキアの本隊の裏側に向かう。

 平地の裏側に回るには森の中を突っ切る必要がある。

 暗く獣が鳴く森を抜けて、真っ直ぐにスキア本陣へと向かう。

 そこにいたのは、ジョルジュ=アステア。

 俺の師匠だ。

「やはり、関わっていたか。ジョルジュ」

「正樹か! わしの邪魔をする気か!」

「あんたはなぜ、スキアを作った! なぜ人類を滅ぼそうとしている」

「わしはそんなことのためにスキアを作った覚えはない」

 交じり合う剣先。

 金属音が鳴り響き、お互いに距離をとる。

「どうした。その程度ではなかったはずだ」

 ジョルジュが顔を引きつらせる。

「でなければ、お主のような若輩者、弟子にはせんわ」

 肉迫するジョルジュ。

 だが、俺はその剣先を読み、かわす。

 そしてその腹に拳を突き刺す。

「ぐっ。やりおる」

 うめきとともに距離をとるジョルジュ。

「貴様には平和のことを考えておればよい。こんな戦いには参加するべきじゃない」

「平和にはお前が必要ないと判断した。だからスキアを討伐する」

 頭の中で何かがはじけ飛び、クリアになる。

 全体を見回し、そこにある敵を見つめる。

「俺は敵を倒すためにここにいる」

「その純粋さ。確かに正樹のようだな。お主はなぜ、敵と思った?」

「人類を滅ぼそうとする悪だ。迷うことはない」

「迷いのない戦士は崇高で美しい。ある意味では神に最も近いだろう――だが、」

 剣を交える。

「わしは認めん。この世界のどこに自然を破壊する権利がある! すべての怨恨は人間の発するもの。間違っているのは地球人類だ」

「そんなわけがあるまい。人間も地球の一部。生まれ育った環境に偽りなし。だからこそ、生きている意味がある」

「は。それこそ、間違いの元凶である。生まれたものがありえん望みなどを抱くから、世界から軋轢と、争いが発する。生きているから人は争い続ける。なら終わるべきなのは人類なのだ」

「ジョルジュ。お前の教えには、人類との共存を謳うものがあったじゃないか。どうしてそうなった!」

 剣を交え、押し返す。

「貴様のせいで戦果が広がり、多くの人が犠牲となった」

 俺は剣先に力をこめ、ジョルジュの肩を切り裂く。

「ジョルジュ。あんたの敵は俺ひとりで十分なはずだ」

「……そうだのう。じゃが、この戦いはもっと多くの人を巻き込まなければならない」

「どうしてそうなる!?」

 一般市民を巻き込んでの戦争など、愚の骨頂。

「貴様のような狂ったやつは排除する。平和のために、死んでくれ」

 俺は剣を構えなおし、向き合う。

 交える拳が感情を伝えると、教えたのはこの人だ。

 だが、なぜ泣いている。なぜ哀しんでいる。

 俺は一人でも戦う。

 この悪しき考えでは世界は平和にできない。

「正樹、お前の行為は偽善だ」

「それでも善だ。俺はもう何もできないなんて嫌だ!」

 剣が交じり合い、血が噴き出す。

「俺はもう命を見捨てたりしない」

 クリアになった視界からはジョルジュの揺らぎが見てとれる。

「その暖かな心を持った人間でさえ、地球を破壊してしまうのだぞ!」

「分かっている。だからこそ、人の心を示す必要がある」

 心にはいろんな感覚がある。その中にある平和を望む心を信じる。平和を求める声を。

「だが民衆は愚かだ。その先にある正義も、今ある平和も、すべてを捨てるのだ」

「そんなはずがない。民衆は戦争など望んでいない!」

「はっ。それはどうかな?」

 スキアの本隊が移動を始める。地雷原の方に向かって。

 立ち上る粉塵、あちこちに散らばる瓦礫の山。

 そうだ。怒っていい。これは理不尽だ。

 理不尽に対しては戦わねばならない。

 でも怒りに飲まれるな。

 汗させず、溺れず、我が身の一部に。

 自分の身のうちから生じたものなら制御できない道理はない。

「ジョルジュ。貴様のせいで戦果が広がり、人々を苦しめていった」

「戦果が広がるのが悪いことか? お主ら戦士にとって戦場こそ、輝ける場所。生きる意味。闘い続ける様は美しい」

「貴様のせいで多くの人が死んでいった。そこに美しさはない! 対等な関係ではなく、一方的な殺戮だ」

「……ほう。ならどちらが正しいか、決着をつけよう」

 ジョルジュは剣を構え直し、対峙する。

 俺も剣の柄をしっかりと握る。

 頭の中で何かがはじけ飛び、視界がクリアに映る。

 先に動いたのはジョルジュ。

 一閃。

 切り結ぶ。

「ぐっ」

 俺は自分の腹を見る。血がにじんでいる。

 だが――。

「がはっ」

 粘度の高いものを吐き出すジョルジュ。

 手応えはあった。ジョルジョの負けだ。

 俺は駆け寄り、とどめをさそうとする。

「ふ。お主が勝つとは、な……。わしも焼きが回った……」

 力なくしゃべるジョルジュ。

「師匠、なぜ力を抜いたのですか?」

「お主とは平和について談義するべきだった。このままでは戦士の居場所がないと思ったわしはとんでもないことをしてしまった。この時代に戦士は必要ない。そう思ったからこそ、ここにきたのだろう? 正樹」

「そうです。なぜそれを?」

 どこで知ったのだろう。

 口下手な俺だから、誰彼かまわず話した覚えはない。

「お主の拳から深い悲しみが伝わってきた。あれは世界のありかたにじゃな?」

「はい。俺はこの平和がどこまでも続けばいいと思いました。人は過去から学べる。なら戦争から学ぶこともある」

 スキアと人間。枢軸国と連合。

 人の歴史は戦いばかりだ。

 だからこそ、今度こそ終わりにしなくてはいけない。

 もう誰も傷つく必要なんてないんだ。

 流血の時代は終わった。もう流さなければならない血などない。

 戦う必要なんてない。

 終わったのだ。

「スキアを止めろ」

「無理じゃ。あやつらは肉体を求めて彷徨うゴーストじゃ」

「ゴースト?」

「魂の結晶体じゃ。あれは」

 魂の結晶体。

 それは肉体を器とし、魂の入れ物とするもの。

 だから器である肉体を求める。欲する。それが間違いなのかどうかもわからずに。

 あのひどい精神攻撃も魂だけの存在がゆえん。恐らくは肉体から魂を引き剥がそうとしての悪夢。

 魂がもっとも嫌うイメージをみせ、肉体から解き放つための儀式。

「それでどうする? 師匠」

「わしは大罪人よ。お前はお前がなすべきと思ったことをなせ」

 俺が思ったこと。

 スキアの殲滅。

 それでこの戦争も終わる。

 すべてのスキアがいなくなれば、世界には安定と調和がもたらされる。

 完全平和には3つの条件がある。

 すべての武器を捨てること。

 人々から戦う意思を取り除くこと。

 そして他人を思いやり、理解してやれる強い心だ。

 平和を求めながら、剣を手にする。

 それもまた悪しき選択なのかもしれない。だが今は果てない争いの連鎖を断ち切る力を。

 例え守るためでも、もう剣を手にしてしまった俺だからこそ。

 負けられない戦いがある。

 終わらせねばならない敵がいる。

 スキア殲滅がその終止符になるのなら、我々は居場所を失っても怖くない。

 もう戦士が戦う意味はない。

 戦わずにはいられない人間性は、より大きな包容力が、暖かな光が包み込んでくれるであろう。

 俺たちには未来が待っている。明日を待っている。生きるために戦う。

 だからこそ、命は美しく尊い。

 まっすぐに生きたいと望む心に嘘はない。そこに儚さを、純粋さを見出す。

 すべての戦いを終えるために。

 俺は今日も戦う。

 いや闘う。

 戦いにおける勝者は歴史の中で衰退という終止符を打たなければならず、若き息吹は敗者の中より培われていく。

 闘い続けることに意義がある。

 そのために生きてきたのだ。

 過去から学び、今を生き、そして未来へと繋げていく。

 そこに価値があると思ったからこそ、未来への渇望が生まれるのだ。

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