第40話 帰郷したよ

 目を開けると、そこは見慣れた場所。大理石の床、石造りの壁。ここは私が筆頭守護者として何度も通ったエルフの里の議事堂だ。

 

「ここが……ラナテュール様の故郷……?」


 隣にちゃんと、いっしょに転送術式の上に乗ったリノンもいた。

 

「さて、転送先が議事堂の中ってことは、たぶん外はもう混戦状態なんだろうね」


 耳を澄ませなくても、外からはモンスターの叫び声や破壊音が絶え間なく聞こえてきている。かなり近い位置だ。


「これじゃあもう、この議事堂の扉が破られるのも時間の問題だね」


「どういたしますか、ラナテュール様? もう外に出て戦いに参加されますか?」


「そうだなぁ……」


 腕組みをしてうーんと考えているときだった。

 

 ドンッ! と閉め切られていた議事堂の扉が外から勢いよく開かれる。えっ、まさかもうモンスターに破られたのかとビックリするが、いや、どうにも少し様子が違うようだ。


「人……?」


 リノンが言うように、議事堂の入り口に仁王立ちしているのはモンスターではなく人影。そしてその影は私たちに向けて一直線に駆けて来て、


「──ラーーーーーーナぁー------~~~~~~~ッ!!!!!」


「なんだ、アウロラだ」


 アウロラは野生の動物も驚くだろうジャンプ力で私に飛びついて「げふぅっ」2人でゴロゴロと地面を転がった。5メートルほど。


「い、痛いよアウロラ……」


「あぁっ! ラーナ! ラーナ! ラーーーナぁ~~~♡」


 アウロラは私のことをすっぽりと抱きしめスリスリと頬ずりしてくる。苦しい。


 前からスキンシップはそこそこ多めの子ではあったけど、これほどだったけ……? それにしても苦しい。息ができない。

 

「おい、なんだお前! ラナテュール様から離れろ!」


「はぁ? なんだとはなによ、私はラーナの200年来の親友ですが? だいたいあなたこそどちら様? 私が呼んだのはラーナだけよ?」


「私はラナテュール様をお守りするしもべだ! いいからラナテュール様から離れろ~~~っ! 苦しそうだろ~~~っ!」


「い~~~や~~~! 引っ張らないでくれるかしら~~~! だってもう2ヶ月近くラーナとは会っていなかったのよっ⁉ もっと堪能しないとラーナ成分が枯渇しちゃう~~~……スゥ~~~ハァ~~~スゥ~~~ハァ~~~……あぁ、ラーナのいいニオイ……♡」


「なんだよラナテュール様成分ってぇ~~~そんなものはない~~~!」


 なんだかすごく既視感のあるやり取りだ。なんだかククイに非常に似ている……というかククイがアウロラに似ている? まあどっちでもいいか。


「とりあえずさ、アウロラ。こんなことしてる場合じゃないんじゃないの?」


「ハッ! そうだったわ!」


 ようやくアウロラが私を解放してくれた。まさかいまの状況を本当に忘れてたんじゃ……。

 

「もうモンスターがすぐそこまで迫ってきていて本当に大変なのっ! ラーナ、なんとかできないかしらっ?」


「うん、まあできないことはないかな。後処理が大変だけど、それでもいいなら……」


「ぜんぜん構わないわ。いまここで里が滅びてしまう以上の事態なんてないもの!」


「里長……シーガルの許可も要らないの? 勝手に決めて大丈夫?」


「ふふふ、まったく問題ないから気にしないで?」


 なぜか拳をちらつかせるアウロラ。うーん、不穏でバイオレンスなニオイがするね……。

 

「まあそういうことなら遠慮なくやらせてもらうよ。外にはアウロラの使役する動物たち以外はいないのかな?」


「ええ。一般のエルフたちは里の奥地の緊急避難場所へと退避してもらっているわ」

 

「そっか。それじゃあ動物たちも議事堂の中に退避させてくれる?」


「分かったわ!」


 アウロラが指笛を吹くと、すぐにイノシシにオオカミたち、それとクマが室内へと駆け込んでくる。


「これで全部よ、ラーナ」


「うん。じゃあちょっと行ってくるね」


 私は動物たちと入れ替わりに外へと出る。聞いていた通りではあるものの、大量のモンスターが辺りを埋め尽くしていてちょっと引いてしまう。


「よくもまあこんなにたくさん来たものだね……」


〔ギシャァァァアッ!〕

 

 もちろんモンスターがそれに答えるはずもない。それどころか私に向かって一斉に飛び掛かってくる。


「ラナテュール様に──触れるなッ!」


 しかし、それを許すリノンではない。

 

 竜人少女としての形態になった彼女はまたたく間に飛び掛かってきたモンスターたちを真っ二つに切り裂いた。

 

「リノン、ちょっとだけ私のことを守ってね」


「はい! 一生お守りいたします!」


 リノンが私を守って奮闘している間に、私はある種に大量のマナを注ぎ込み、そして地面へと植える。

 

「さあ、いっぱい育ちなよ。いくつも分岐し広がって、長く長くね」


 そして待つこと10秒。頃合いとなる。

 

「さて……リノン、おいで」


「え──はいっ!」


 パァっと笑顔を咲かせたリノンがヒシッと私に抱き着いてくる。

 

 ギュゥっと。えっ?

 

 そしてそんな大きな隙をモンスターたちが見逃すはずもなく、再び四方八方から襲い掛かってくる。


「いやあの……抱き着けとは言ってないんだけど。まあいっか。【デザートポプラ】、突き上がれ」


 次の瞬間、ドドドドドッ! と大地を揺らして、私とリノンの立つ場所以外の地面全体から鋭い木の根が空に向かって突き上がる。


〔ギシャァッ⁉〕


〔ガロゥッ⁉〕


〔ゴルゥ……ッ‼〕


 このエルフの里の中央へと集まったすべてのモンスターが串刺しとなった。

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