第37話 一方その頃エルフの里では~その10~

「たくさん働かせてごめんね、オオゼキ。でも急いで! 1分1秒の遅れがこの里を滅ぼしてしまうかもしれないから!」


〔ブロロロッ!〕


 私はオオゼキの背に乗って農業エリアを駆け抜ける。そしてすべてのエリアへと繋がっている里の中央部までやってくるが、まだモンスターの侵攻はここまで達していないらしい。


「ここまでありがとう、オオゼキ。少し外で待っていてください。モンスターが来たらアリアケたちといっしょに防衛戦をお願いします。できるだけ無理をせず!」


〔ブルァッ!〕


 了承の返事を聞くと、私はこの里の中枢である議事堂へと入る。恐らく里長であるシーガルや幹部たちはこの前幹部会の開かれた部屋へと集まっていることだろう。

 

 その部屋を訪れてみれば、ビンゴ。やはり全員そろっていた。ただしかし1つ予想外だったのは──。


「あなたたち、なにをしているのです……?」


 シーガルを含め、ミルドルド、そして幹部の連中はみんな頭を抱えて無言の時を過ごしているだけだった。


「お、おおっ! 聖女アウロラ殿!」


 私の姿を視界に入れた瞬間、シーガルが瞳に光を戻す。


「無事だったか! ああよかった! それで、どうかね? もうモンスターたちはすべて倒せたのかねっ?」


「……は? いいえ、農業エリアCへと侵攻してきたモンスターは一時的にすべて倒しましたが、しかしまだまだ迫り来ている大群がいます。それにその他のエリアまで手は回りません。せいぜい避難の時間を稼いだくらいです」


「そ、そうか……じゃあこれから行くということだね? それでどれくらいですべて倒せそうかねっ?」


「……それは私1人でですか? もちろん、とうてい無理でしょうね、そもそもの数が違いすぎます」


「ならば、ならば、じゃあこれからどうやって……」


「ちょっと待ってください、里長。まず先に私の質問に答えてくださいませんか? あなたたちはこの場に集まって、無言で座ったまま、いったい今までなにをしていたのです?」


「……」


「ミルドルド、あなたはどうしたのですっ? 筆頭守護者としての役目はっ?」


「……」


 シーガルは私から目を逸らし、ミルドルドはうつろなまなざしで床を見つめたまま反応が無く、そして他の幹部たちは頭を抱えたままビクビクと震えているだけ。


「まさかなにもせずに、一般のエルフたちの避難誘導に参加するわけでもなく、ただただ手をこまねいていただだけだったと?」


「……あ、新しく再編した守護者たちガーディアンズを現場に向かわせたさ……まあ5分と持たずに、全員モンスターのエサになったと報告が入ったのがさっきのことだ……」


 私と目を合わせないまま、シーガルがボソリと答える。


「……そうですか。それで、里長? 次のプランは?」


「ははっ……もうお手上げだな。お察しの通り、絶望に暮れていただけさ……仕方ないだろう? 君にも無理なら私たちにだって無理なのは当然のことじゃないか。もうなんの手段もない……」


 ブチン。

 

 シーガルの泣き言を聞いた瞬間、私の頭の中でなにかが切れる音がした。

 

「この──老害がっ!」


 シーガルの元まで歩み寄り、胸ぐらを掴み上げる。


「ひっ、ひぃっ⁉」


「これ以上の手段が無いですって? なら今度は自分の命を差し出してモンスターのエサになりに行きなさいよっ! あなたが喰われている間に逃げられるエルフが出てくるわっ!」


「む、無茶苦茶な──ブヘッ!」


 私はバキッ! と一発シーガルのその情けない顔面を殴りつけた。

 

「里の民を命がけで守るのが里長でしょう! 私の父ならきっとそうしていたわ!」


「そんなこと言われても……私は死にたくないんだよぅ……! ブヘッ⁉ ボホォッ! やめてくれ、殴るのは……ヘベェッ‼」


「殴るのをやめてほしかったら少しは里の役に立ちなさい! エサにされたくないのなら、この里を救うために動きなさいっ!」


「な、なにができるというんだねっ? この私に! 自慢じゃないが私は権力争い以外はからっきしなんだぞっ? ま、待って! もう殴らな──バヒィッ⁉」


「ならばラナテュールの居場所を教えなさい! 追放先を!」


「ら、ラナテュール……? なんでこの状況でヤツのことなど──ゴゲェッ⁉」


「ラーナであればなんとかできるかもしれないからですっ! さあ、言いなさいシーガル! モンスターに喰われるより先に、いまここで私に殴り殺されたくなければっ!」


「うぅ……分かったぁ……教えるよぉ……だからもう殴らないでくれぇ……」


 鼻血と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、シーガルはようやく頷いた。


 が、しかし。

 

「……それ以上動くな、アウロラ」


 いつの間にかミルドルドが私の背後に立ち、そして私の首元にナイフを当ててきた。


「アウロラ……! 俺は……アイツだけは絶対に呼ばせんぞ……!」

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