第36話 一方その頃エルフの里では~その9~

 農業エリアへのモンスターの襲撃、そして筆頭守護者ミルドルドが自室に引きこもるようになってから1週間。

 

 私──アウロラはいま、最近の日課として加わった農業エリアの巡回のため、イノシシのオオゼキと共に畑道を歩いているところだ。

 

「部下をうしない自身も重傷を負って心が折れそうになるのは分かるけど……だからって筆頭守護者の責任を投げ出すっていうのはどうなのかしらね。まったく」


 きっとラナテュールならそんなことはしない。まず自身の部下をむざむざ死なせるようなヘマなどしないだろうし、どんな困難が立ちはだかろうとも自ら先頭に立つ姿勢を崩しはしないはずだ。


「早く見つからないかしら……ラナテュール……」


 そんなことを考えていると、カンカンカンと大きく鐘の音がした。


「また……! 行くわよ、オオゼキ!」


〔ブルルッ!〕


 オオゼキに飛び乗ると、鐘の音のした警備台へと急いだ。

 

「アウロラ様っ! 大量のモンスターがこちらに向かってきている模様です! 20、30……いや、もっとです!」


「分かったわ、報告ありがとう。あなたは他のエルフたちといっしょに避難所まで逃げて! この農業エリアCには新任の守護者たちガーディアンズも要らないと上に伝えて!」


「は、はいっ!」


 警備台のエルフが里の中心部に向かって逃げていくのを確認すると、私とオオゼキはその場に陣取ってモンスターの群れが見えるのを待つ。

 

「警備台、作っておいてよかったわね」


〔ブルル!〕


 1週間前のモンスター襲来時、里の中に侵入されてから長いあいだ誰もその異常を察知できない状態が続いたということが被害を拡大させてしまった原因であり、今後の対策の課題となっていた。

 

 そこで私の発案により、各農業エリアに1つずつ警備台が設けられるようになり、時間交代制でそこに詰めているエルフがモンスターを視認した段階で鐘を鳴らして避難指示を出すという運用を始めたのだ。


「しかし、今日のコレで今週は6回目……間違いなく襲来の頻度が上がっているわ。森のモンスターたちも気づき始めているのよ。もういまのこのエルフの里には以前のような結界が、強さが無いってことに」


 モンスターたちの姿が視認できる距離になり始めた。向こうも私たちの存在に気づく。


「【聖獣降霊・イノガミイブキ】」


 オオゼキへと伝説の聖獣としての力を憑依ひょういさせる。最初からこちらは全力だ。少しでも油断があれば横を抜かれてエルフの里への侵入を許してしまうだろう。

 

 カンカンカンと、再び鐘の音がなった。思わず私はすぐそばの警備台を見上げてしまうが、違う。ここじゃない。


「まさかっ!」


 カンカンカンと今度はまた別方向から、さらに遠くの方からも同じ鐘の音が響く。


「ぜんぶのエリアに……同時に……っ⁉」


 これは一大事だ。そしてこの1週間ずっと不安に思っていたことでもある。

 

 いまのこの里で複数のモンスターを相手に戦い、そして確実に勝てるであろうエルフは私だけだろう。そんな状況でもし多方面から同時にモンスターがやってきたら……?


 私はピィ~~~ッ! と指笛を吹いた。すると、風のような速さでオオカミが2頭、そして遅れること少ししてクマが1頭私の元へと駆け付ける。

 

「みんな、ありがとう。アリアケ、タソガレ。あなたたちは農業エリアAとEにそれぞれ向かってちょうだい。モンスターたちをけん制してエルフたちが逃げる時間を稼いで!」


〔〔アウッ!〕〕


「カムイ、あなたは農業エリアBへ。あなたが強いのは知ってるけど、それでもなるべく戦わずにエルフたちを逃がすことを第一に考えて」


〔ガウッ!〕


「それぞれ仕事を果たしたら逃げるか私の元まで帰って来てね。みんな、武運を祈るわ」


 3頭はそれぞれ別方向へと散って行く。

 

 さて、私は私で迫りくるモンスターを倒さなければならない。


「頼んだわよ、オオゼキ!」


〔ブルルルァッ!〕


 突進するオオゼキ。この子に憑依させた聖獣【イノガミイブキ】は大木ほどの太さにもなる悪の大蛇を体当たりで吹き飛ばしたといわれる伝説上の存在だ。その力を受け継いだオオゼキにとって並み居るモンスターなど敵ではない。


〔ギシャアアッ!〕


 次々とモンスターは跳ね飛ばされていくが、たまにそんなオオゼキの猛攻から逃れて私に向かってくる個体もいる。


「セイント・シールド!」


〔ギャウッ⁉〕


 しかし、それは私の聖女としての援護魔術で攻撃を防いで時間を稼げば、あとはオオゼキが倒しにきてくれる。


「──これで終わり……っ!」


 およそ20分。それでいま私の居るこの農業エリアCへと侵攻してきたモンスターたちは全滅させることができた。とはいっても、それは現時点での話だ。まだまだ大量のモンスターがこちらに向かってきていることに変わりはない。


「オオゼキ! いまのうちに里の中枢へと戻りますよ! 私たちだけではどうしようもありません、他のエルフと連携を取って対策を練ります!」


〔ブルルッ!〕


 私が飛び乗ると、オオゼキは全力で里の中枢へ向けて走り出した。

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