第35話 これで服が買えるね
「おーい、ククイとシエスター! お待たせ―」
「あっ! ラナテュールさんっ!」
会場の外で引き車といっしょに待っていた2人と合流する。ずいぶんと待ちくたびれていたようだ。
「さあ、急いで急いで」
「えっ? ちょ……ラナテュールさん? 闘技祭はいったいどうなったんです?」
「優勝したよ。そんなことよりも早く早く」
「ど、どこに行くんですか~っ?」
サボくんを走らせて、私たちはバトルド・コロッセウムの開かれていた会場の入り口の脇に引き車を寄せる。すると、会場から出てきた人々が驚くぐらいワラワラと集まり始めた。
「すみません! エルフの里仕込みの果物をどれでもいいから1つ!」
「こっちは野菜をくれ! トマトじゃないやつ!」
「俺には全種類1つずつ売ってくれ!」
市場で大安売りが始まったかのような大賑わい。ククイもシエスタも「いったいなにが起こって……?」とポカンとしている。
「ホラホラ、2人とも。休んでる暇はないよ。いっぱい売らなきゃなんだから──お客さんたち、ちゃんと並ばないと売ってあげないよー! あと1人2個までね。果物の方は1個2000ペニー、野菜は1個1500ペニーだよ。かなり高めだけどエルフの里のものよりはかなり安いからね! お買い得だよ~!」
そうして私たちが持ってきた果物と野菜、合計150個。それらは販売開始からたったの30分ですべて完売した。
「す、すごい、まさかこんなに飛ぶように売れるなんて……! 売上金額合計、26万5千ペニー……! 私こんな大金を見るの生まれて初めてです……!」
「まあいい宣伝の舞台があったからね。これで今日買った人たちが口コミで良いウワサを広げてくれれば良い条件で取引に応じてくれる商会も見つかるでしょ」
「さすがラナテュールさんですぅ~! 私たちの女神……!」
「こら、抱き着くんじゃない。ここは村じゃないんだよ? 変な目で見られちゃうよ」
「ラナテュールさん……! 好き……!」
話を聞かずペッタリ張り付いてくるククイをぐぐぐっと引き離していると、「やあ」とフードを被った1人の人間が声をかけてきた。
「まだ野菜か果物は売っているかな?」
「いや、残念だけどもう全部売り切れちゃったんだ。ごめんね?」
「そうか、それは残念だ」
そのフードからチラリと青い髪の毛が覗く。
「あ……君はさっき戦った……ガルディア、だっけ」
「ああ。それは偽名だけどね。でも私は私だよ」
フードをちょこっと浮かせて見せたその顔はやはり控え室で見た少女のものだった。
「まさか優勝後のひと言が野菜の話だなんて思わなかったよ。なんだか悔しさも吹っ飛んでしまった」
「そう……あ、そうだ。ガルディア、野菜も果物ももうないけど、これは君にあげるよ」
私はガルディアへと、授与式で貰った紙袋を差し出した。
「これは……! ゆ、優勝賞金じゃないか……!」
「うん。それは君にあげる」
「そ、そんな、受け取れるはずがないだろう! それに君は君が守るもののために賞金が必要だと言ったはずだ!」
「え? いやいや、私は賞金が必要だと言った覚えはないよ? 私が欲しかったのはあのバトルド・コロッセウムに優勝したっていう実績と、その実績を使った野菜と果物の宣伝機会だけだったから。賞金には正直最初からあまり興味が無かったんだよね」
「なっ……⁉ い、いや、それでも100万ペニーだぞっ? それをこんな、お菓子でも渡すような感覚で簡単に……っ?」
「だって私には必要不可欠ってほどのものではないから。でも君にはそれが必要だったんだろう? だからそれは君にあげるよ」
「……し、しかし……」
ガルディアは固く目をつむって悩んでるようだった。しばらくそうして、それから再び私の方を見ると、控え室でもしたように私の前に膝を着いた。
「……いまはその寛大なるご厚意に甘えさせていただこう。本当に、本当に心の底から感謝申し上げるっ!」
「別にいいよ。君も大変だろうけどがんばってね」
「お心遣い痛み入る。このお返しはいつか必ずさせていただく。誠にありがとうっ!」
ガルディアは立ち上がり、もう一礼だけすると背を向けて去っていった。
いやしかし、本当にこのワイハー島の女の子たちは律儀な子が多いんだね。ククイもリノンも、そしてあのガルディアって子も、みんな私にすごい感謝してくれるし。
「さて、野菜と果物も売れてお金も手に入ったし、そろそろ村のみんなの服を買いに行こうか」
「ソウデスネ」
振り返るとなぜだかククイが頬をプクーっと膨らませていた。
「……どうしたの、ククイ」
「別になんでもありませんよーだ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。なんで?
「ククイ、怒ってる?」
「ムー(ぷいっ)」
「なんで怒ってるの?」
「ムー!(ぷいっ)」
「……なぜ」
「むぅ……ラナテュールさんはまた知らない女の子と仲良くなって……賞金まであげちゃって……いったい会場でなにをしたんです……?」
「ああ、賞金をあげたから怒ってるの? でもお金なら野菜と果物を売っていけばきっとすぐに貯まるからさ」
「そ、そういうことじゃないですっ。あれはラナテュールさんががんばって貰えたものなので、それはラナテュールさんの好きにしていいと思います。ただ、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……っ!」
「そういうことじゃなくて?」
「……もう知らないです!」
ぷいーっ! とククイはそっぽを向いて、市場に向かって歩き出してしまう。
「えー……なんだろう? シエスタ、ククイがなんで怒ったのか分かる?」
「んーとね、わかんない」
「そっか……。うーん……あ、じゃあ優勝したときに賞金といっしょに貰ったこのメダルをあげれば機嫌直してくれるかな……?」
「それはないと思うよ?」
「そ、そっか……」
どうしたらよかったのかな? それは分からなかったけど、私とシエスタはとりあえずサボくんが引く空っぽになった引き車に乗ってククイの後を追うのだった。
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