第25話 一方その頃エルフの里では~その7~

「う、嘘だ……この俺が、こんなところで……?」


 目の前のモンスターの大きな口が開かれる。ギラギラと光るその牙が俺に突き刺さろうとしたその直前、


〔──ブルルルルルルゥッ!〕


〔グルァッ⁉〕


 横から突然、ものすごい勢いで現れたナニカが目の前の獅子型モンスターを大きく弾き飛ばした。

 

 そのナニカは目を凝らしてよく見れば大型のイノシシ。そしてその上に乗っていた人影が、ヒョイと俺の前に降りてくる。


「遅くなりましたね、ミルドルド」


「アウ、ロラ……?」


 それは俺の婚約者でこの里の聖女である、アウロラ。いったいなぜこいつが戦場に? そしてそのイノシシはいったいなんだ? そう思わなくもなかったが、いまはそんなことどうでもいい。


「た、助け、ろ……このままじゃ、死ぬ……」


「……はぁ。この期に及んでもまだあなたは上から目線なのですね。まあ非常時ですから、私の文句は後回しにしておきましょう……【グラン・ヒール】!」


 アウロラが俺に手をかざして回復魔術をかける。温かな光が俺を包み込み、大怪我がまたたく間にふさがっていく。

 

「さて、と。ミルドルド、あなたは下がっていなさい」


「は、はぁっ⁉ お前まさか……このままあのモンスターと戦うつもりかっ⁉」


「はい? もちろんそのつもりですが?」


 なにを当たり前のことを、といった様子で訊き返してくるアウロラ。なんて馬鹿なやつだ、俺が手も足も出なかったモンスターに聖女が勝てるわけないだろうに。


「やめろっ! そのイノシシはあれだろう、お前の【動物と意思を通わせることができる】という特殊能力で操っているんだろうっ? それに俺も乗せて逃げるんだ!」


「いいえ、退却はしませんよ。このまま里の奥に侵入されたら被害はいっそう深刻なものになりますから」


 アウロラは聞く耳も持たず獅子型のモンスターと向かい合ってしまう。相手もどうやら態勢が整ったらしい、グルルルと怒りを滲ませて喉を鳴らしている。

 

 クソっ! アウロラはぜんぜん気づいちゃいない。さっきのは不意打ちだったから吹き飛ばせたのであって、たかだかイノシシ程度の獣が真正面から戦って勝てるモンスターじゃないのだ。


「行きなさい、オオゼキ! あのモンスターを吹き飛ばすのですッ!」


〔ブルルルルルルゥッ!〕


 アウロラに命じられたそのイノシシ、オオゼキはモンスターへ向けて突進を行ったが、しかし。


 ガシンッ! とそれに応じたモンスターの頭突きによって簡単に止められてしまう。


〔グギャラララッ!〕


 モンスターが笑うような声を轟かせる。

 

 ああ、俺の思った通り、やはりイノシシごときの突進で倒せる相手じゃなかったんだ。これはもう、俺だけでも逃げるしかない。聖女の代わりはいくらでもいるが、俺の代わりはいないのだから。

 

 そうして俺が腰を浮かせてこっそりとその場を抜け出そうとした、そのとき。


「──【聖獣降霊・イノガミイブキ】」


 アウロラがなにか唱えるやいなや、オオゼキの身体がまばゆく光り出す。

 

 メキメキと音を立てて、オオゼキの身体が次第に大きくなっていく。牙もより長く、そしてその毛はより硬くなる。その見た目はもはやただのイノシシではない。神話に出てくるような厳かなものになっている。


〔ブロロロロロロォォォオッ!〕


〔グギャッ⁉〕


 とたんに、獅子型モンスターが頭突き合いに負けて吹っ飛んだ。


「いまです! オオゼキ・イノガミイブキッ!」


 アウロラの声に応じるように、オオゼキが再び、さきほどとは比べ物にならないほどの超スピードで突進。


〔ブロロゥッ!〕


 グシャっ! と、それをまともに受けた獅子型モンスターは、まるで爆発するかのようにバラバラに吹き飛んだ。


「……終わりましたね」


 アウロラが呟くと、オオゼキの姿もまた元のイノシシの姿に戻った。


「な、ななな、なんだっ……⁉ いまのはっ……!」


 俺はそんなの知らない、そんな力はこれまで見たことも聞いたことも無かった。


「それもまさか、お前の特殊能力なのかっ?」


「まあ、言ってしまえばそうですね」


 なんでもないようにアウロラは答える。


「動物と意思を通わせることができるということ、また伝説の聖獣を動物たちに憑依ひょういさせることができるということ。これらの聖なる力が認められたからこそ、私は亡き父──前里長に聖女としての役割を与えられたのです」


「なっ……?」


「私は決してただのお飾りでも無ければ、あなたたちの政治の道具でもないのですよ……前里長の言葉に聞く耳を持たず、私欲のために政治を動かしているいまの里の幹部たちはご存じなかったようですが」


「……っ‼ クソっ‼」


 守られてしまった手前は言い返すこともできない。吐いた悪態が、もはや俺とアウロラ以外息のしている者がいないその農業エリアに虚しく響いた。

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