第24話 一方その頃エルフの里では~その6~

 農業エリアD。そこから息も絶え絶えに走ってくる1人の男エルフの服は血にまみれている。 

「たっ、助けてくれぇっ! モンスターが、モンスターが襲ってきたんだぁっ!」

 

「なぁっ⁉」


 モンスター? この里の中にっ?

 

 これまでの数百年間、そんな事件はまるでなかった。にもかかわらずどうして、しかも品質の落ちた農作物の件で悩んでいるこんな時にそんなことが起こるというのだ。

 

「いや、いまはそんなことを嘆いている場合ではない……。おいっ、そこのエルフ! この血まみれの男を避難させておけっ!」


 重傷を負っていると思われるその男を他のエルフに任せ、俺は非常用の連絡経路に従って魔術【メッセージ】を起動する。

 

「筆頭守護者ミルドルドが告げる。【守護者たちガーディアンズ】、1分以内に農業エリアD前に集合せよ」


 守護者たちガーディアンズ、彼らは筆頭守護者である俺の部下であり、非常時に実力をもってしてこの里を守る魔術のエキスパートたちだ。


「──ミルドルド様っ! お待たせいたしましたっ!」


 30秒も経たないうちに守護者たちガーディアンズ10名がそろった。


「農業エリアDにモンスターが侵入した。討伐に行くぞっ!」

 

「はっ!」


 俺を先頭に、農業エリアDへと走った。近づくにつれ、悲鳴が聞こえてくる。


「襲われているのか……どこだっ!」


〔グオォォォウッ!〕


 途端に恐ろしい声が鳴り響く。これまで聞いたことの無いほどの迫力に満ちた声。


 ドシンドシンと大きな地響きを立てて、ものすごい速さでなにかがこちらに迫るのが分かる。それは長く逆立ったたてがみを風に流して、大きくジャンプすると俺たちの前へと着地した。


〔グギャラララララッ!〕


 それは俺よりも数倍大きい獅子型のモンスターだ。凶暴な顔つきで俺たちをにらみつける。

 

「ヒ、ヒィッ……!」


 俺の後ろの守護者たちガーディアンズが息を呑む音が聞こえる。


「ひ、怯むなっ! こんなやつ、身体だけだ!」


 俺は手に、大きな火のやりを作り出す。


「俺に続け守護者たちガーディアンズ! 一斉攻撃だ!」


 俺の合図とともに多くの魔術が放たれる。

 

 火の槍、風の刃、水のナイフ、土の矢、ありとあらゆる攻撃魔術が獅子のモンスターを襲った。しかし、


〔──グオォォォウッ!〕


 そのすべてを喰らってもなお、そのモンスターには傷ひとつ無かった。


「あ、あ、あり得な──」


〔グギャァァァッシュ!〕


 ザシュッとモンスターの一撃。鋭い爪の生えた前足が振り上げられ、それをまともに喰らった俺ははるか後方へと吹き飛ばされた。

 

「ぐぅっ? く、くそ……っ!」


 立ち上がろうとして、違和感。生ぬるくてベトベトした液体が、俺の身体からこぼれ落ちていた。それは真っ赤な色をして、絶え間なく俺の肩からドクドクと……。


「ぐぁぁぁあ──っ⁉」


 ドクドク、ドクドク。俺の肩から流れ出るのは真っ赤な血。肩から腹にかけて、斜めに深く切り裂かれた傷口があった。


「いぃ痛い痛い痛い痛い痛いぃー--ッ‼」


 傷があると分かった途端、襲って来る激痛。それに耐えきれず泣きわめく。


 そして俺が苦しんでいる間にも前の方からは数多くの悲鳴が聞こえてくる。『お願い、殺さないで! 見逃して!』『俺の、俺の腕ぇぇぇっ!』『誰かぁっ! 助けて!』。聞き覚えのある守護者たちガーディアンズの声。

 

 でも俺は、それどころじゃない。


「血が、血が止まらないぃぃぃッ! 死ぬ、死ぬッ!」


〔グルルルル……〕


 いつの間にか地面を転げ回り苦しむ俺の前に、そのモンスターは立っていた。

 

「だっ、誰かぁっ! 居ないのかッ⁉ 俺を助けろぉぉぉっ!」


 返事はない。この農業エリアで働いていたエルフは全員に逃げ、そして俺の部下たちも全員目の前のこのモンスターに殺されたらしい。

 

 じゃあ、どうしろというのか……。まさか、このまま俺は……死ぬのか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る