第14話 一方その頃奴隷商たちは~その1~

 ワイハー島の西に位置する大きな町、ルルホノ。賑わいのある大通りから外れた場所にある1軒の古びた酒場で、俺──ケインは肩を縮こまらせて震えていた。

 

「おう、お前がケインか?」


 後ろからドスの利いた低い声が聞こえ、ビクリと振り返る。声をかけてきたのは髪を虎刈りにして派手なサングラスをかけたガタイのいい男。このルルホノの町で奴隷商売の元締めを行っているダーズという人間だ。

 

「そ、そうだ。俺がケイン……。わざわざ来てもらってすまねぇな、旦那」


「いいってことよ。同業のよしみだ」

 

 今日はダーズにどうしても頼みたいことがあり、仲介人を通して直接会う時間を作ってもらったのだ。彼は俺の横のカウンター席へと腰掛ける。その後ろに、なにやら粗末な格好をした少女が控えていた。

 

「そっちの娘は?」


「ああ。俺のボディーガードを任せてる奴隷だよ」


 10代前半だろうその少女は、黒髪の多いこの地域にしては珍しい赤髪。明らかにボディーガード向きの体格ではないが、しかし商売上で危険の多い奴隷商のしかも元締めという立場のダーズがわざわざ自分の近くに置いているということはなにか特別なものがあるのだろう。


「コイツが気になるか?」


 俺の視線に気づいたダーズがおもしろがるようにして俺の顔を覗き込んできたので、大きく首を横に振る。この界隈かいわいじゃ余計な詮索はご法度はっとだからだ。


「ああ、いまはそれが利口だぜケイン。それに今日はそんな話をしに来たワケじゃねーだろうしな。で、用件は?」


「……ジョンが、死んだ」


「あ? お前んとこのボスのジョンか? あのいかついスキンヘッドの?」


「あ、ああ!」


「アイツはそれなりにやるヤツだと思ってたんだがなぁ……腕も立つし」


「で、でも、死んだんだっ!」


 ダーズに話そうとして、途端、あの時の恐怖が頭をよぎる。これまで見たことも無い大口の化け物に食われそうになりながら、ジャングルを逃げ回ったあの恐怖を。


「ジョ、ジョンだけじゃない……俺の仲間は俺以外全員死んだんだ! あの【ハーフエルフ】がけしかけてきた化け物に食われてな!」


「ハーフエルフ? ……まあまあ、落ち着けよケイン。酒を飲め」


 ダーズが度数の高い酒を酒場のマスターに注文して、俺の前にグラスを置いた。だけど俺は気が気じゃない。震える手でそれをひったくって、水のようにひと息に飲み干そうとして、むせる。


「ゲホッゲホッ!」


「あーあーなにやってんだよテメェは。酒がもったいねぇな……。なにに怯えてんだ? そんなに怖い思いをしたのかい、ケイン?」


「こ、怖いなんてもんじゃねぇ……! あれは地獄だ……!」


「ほぅ。ジョンや仲間たちはどうやって殺られた?」


「その化け物のデカい口で胴体を丸ごとかじられて死んだんだよぉ……ッ! 手足が、手足がボロって簡単に落ちてよぅ、俺ぁあんな死に方ごめんだ……ッ! 俺ぁいまだに外に出たら自分のうしろが怖くてしょうがねぇ……もしかしたらいつの間にかあの化け物が側にいて、それでまた追い回してくるんじゃないかって怖いんだよぅ……!」


「そうかそうか。なるほどなぁ、そりゃあ怖かっただろうに」


 それは俺の恐怖に寄り添うように優しい声だった。


「なるほどな、分かったぜケイン。俺を呼び出してのお前の頼みってのはつまり、その化け物から自分を守ってほしいってことだな?」


「そ、そうだっ! 頼むよダーズの旦那! 俺ぁもう他に頼れる人がいなくてよぅ!」


「いいぜ。任せな」


 胸を叩いてのダーズの言葉に、俺は心底から安心して、その気の緩みから小便でも漏らしそうなほどだった。よかった、これでようやくあの恐怖からも解放される。今日までは毎日気がきじゃなくて夜もまともに寝付けなかったほどだったのだ。


「ありがとう……本当にありがとうダーズの旦那っ!」

 

「いいってことよ。まあ、だがなぁ……」


 ふいに、これまで優しかっただけのダーズ、その瞳に妖しげな光が差した。


「守り方ってのにも人によっていろいろとやり方ってもんがあるんだよなぁ」


 その口端がニヤリと吊り上がる。嫌な予感がした。

 

「なぁケイン。俺をその、お前がハーフエルフを見たって村に案内しろよ。俺がそいつを捕まえて、お前の悪夢を晴らしてやる」

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