第15話 一方その頃奴隷商たちは~その2~

 化け物を使役するハーフエルフを捕まえる。そんなとんでもない言い出したダーズは、それはもうあくどい笑みを浮かべていた。

 

「案内しろよケイン。俺に任せりゃお前の悪夢はすぐに終わるぜ」

 

「は、はぁっ⁉」


 案内しろだって? とんでもない! 思わず椅子から立ち上がってしまう。

 

「ダーズの旦那っ? アンタ俺の言ったことちゃんと聞いてましたっ⁉」

 

「もちろん聞いてたさ」


「俺は、ハーフエルフのけしかけてきた化け物から守ってほしいって頼んでんですよっ?」


「そうだな」


「それをアンタ、あのハーフエルフが居る村に案内しろって? 自分から化け物に近づいていっちゃってるじゃないですかそれじゃあっ! なんですか、俺に死にに行けとでも言うんですかぁっ⁉」


「まあまあ落ち着けよケイン。ほら、酒でも飲め」


 ダーズが酒の入ったグラスを差し出してくる。


 はぁ? 落ち着け? 落ち着いて酒を飲めだって……っ?


「こっ、こここ、これが飲んでいられる状況かぁッ‼」


 ダーズの手をはねのける。信じられない、もしかしてコイツは俺を殺したいんじゃないか? 俺をあの村に連れて行って殺す気なんじゃないかっ?


「ふざけんなよッ! 俺は死にたくないんだッ! ダーズ、アンタは──」


 本当に俺を助ける気があるのか? 胸ぐらを掴んでそう訊こうとしたその時。ぐるりと視界が一転して、いつの間にか俺は床へと叩きつけられていた。

 

「っ???」


「落ち着いたか?」


 俺はなにが起こったのかサッパリ分からなかった。頭上から聞こえるダーズの声に上を見る。彼は変わらずカウンター席に腰掛けて、余裕そうにグラスに口をつけていた。

 

「動くな」

 

 ダーズのものではないその高い少女の声とともに、俺の顔もまた床に押し付けられた。

 

「ぐっ……?」


 気づけば身体がまったく動かせない。1ミリたりとも。俺は腕を後ろに回され、ものすごい力で上から押さえつけられていた。気を抜けば押しつぶされそうな圧力だ。


「もう一度聞くぜケイン。落ち着いたか?」


「……あ、あぁっ。落ち着いた、落ち着いたよっ! だからダーズの旦那、俺の上にいるやつをどけてくれないかっ?」


「いいとも。お話はクールにしようぜ、ケイン。……おい、放してやれ」


 ダーズの命令に、俺を押さえつける力が無くなった。身体に自由が戻る。


「まあ立てよ。そして酒を飲め。適度なアルコールは恐怖や緊張を和らげる」


「あ、ああ……」


 言う通りに、ダーズの差し出したグラスを受け取った。それから後ろを見れば、ダーズのお付きの奴隷の少女が何事もなかったかのようなすまし顔で立っている。


「いまのって……」


「ああ、ソイツさ。ツエえだろう?」


「うん……身動きひとつできなかったっす……」


「ハーフエルフを捕まえるって言った一件だがなぁ、ソイツを使おうと思ってる」


 俺は少女を二度見してしまう。この娘と、あの化け物使いを戦わせようだってっ?

 

 確かに、確かにこの少女にはものすごい力があるようだった。しかし、それでもどうしても俺にはあの化け物にただの人間が勝てるイメージが湧かなかった。


「ふっ、ケイン。お前がなにを考えてるのか分かるぜ? ソイツじゃそのハーフエルフには敵わないと思っているんだろ?」


「あ、あぁ……ダーズの旦那、悪いけどな、あれは人間がどうこうできるレベルじゃなかったんだ……。あのジョンでさえ、まるで赤子のように扱われたんだぜ? それをこんなガキがどうこうできるとは思えねぇ」


「そうかい。じゃあ問題ねぇ。その奴隷はなんてったって人間じゃねーからな」


「……は?」


 間抜けな声が出た。いや、でもなんだって? 人間じゃない、そう言ったのかダーズは。

 

 ダーズはニヤニヤと自慢げな笑みを浮かべる。


「ソイツはなぁ、ケイン。人間じゃ無い。【竜人種ドラゴニュート】なんだよ」


「なっ……? マジですか、それっ!」


 竜人種ドラゴニュート──それは代々竜に仕える人間の一族から、突然変異的に生まれることがある竜と人間のハーフ。竜の力をその身に宿す、世界最強の亜人種だ。

 

 ごくまれに誘拐されたその種族の幼子が奴隷市場に流れることがあるが、幼子の状態であってもその価格はこのルルホノに豪邸を10軒は建てられるほどになる。それだけの希少価値を持つ存在なのだ。

 

「確かに高かったぜ? だが大金を払っただけの価値はあったってもんだ。この前な、たわむれでヤツと戦わせてみたんだ」


「ヤツって?」


「このワイハー島ジャングルのキング、ワイハータウロスさ」


 ワイハータウロス。それはこのジャングルで一番凶暴であり最強の肉体を持つ2足歩行のモンスターだ。その力は約20人の完全武装の王国騎士に匹敵する。1対1でそれに勝てる個体は、この島には数えるほどしかいないと聞く。


「それで、結果はどうなったんです?」


「圧勝だったよ、コイツのな」


 ダーズが親指で差した先にいるのはもちろん、竜人種ドラゴニュートだというその少女だ。


「ワイハータウロスは一瞬で引き裂かれて、ただの肉の塊になっちまった。クククッ、恐ろしいヤツだぜコイツは。人間じゃねぇナニカ……そう、化け物だっ!」


 ダーズは心底愉快そうに笑うが、しかし俺の顔は引きつるばかりだ。今度は恐怖によって。

 

「だ、大丈夫なんですか、ダーズの旦那……。そんなに強い奴隷を側に置いてたら、いつか寝首でもかかれるんじゃ……」


「おいおいケインよぉ。お前なぁ、俺が化け物になんの首輪もさせないまま自分の側に置いておくマヌケだと思うか?」


 ダーズはそう言うと、ワザと自分の持つグラスを床へと落とした。パリンッと音を立てて、ガラス製のそれが割れる。


「おい、拾え」


 ダーズが命令すると、竜人種ドラゴニュートの少女が俺たちの前までやって来て、屈む。そしてガラスの破片を集め始めた。彼はそれを見下ろしながらあくどい笑みを浮かべると、


「そのガラスで自分の手を突き刺せ」


 そう命じた。少女は肩をビクリと跳ね上げさせる。


「おい、どうした。早くやれ」


「ご、ご主人様……それは……」


「……逆らったな?」


 ダーズが苛立った目で少女を見た直後のことだった。


「あぁ──ッ‼」


 少女が悲鳴を上げて、苦しみ始める。胸を抑えて、全身に火でもつけられたかのように床を転げ回った。

 

「もう一度言うぞ? ガラスを自分の手に突き刺せっ!」


 冷たい視線を向けるダーズ。少女は辛そうにあえぎながらも、手に持ったグラスの破片を振り上げて、命令通りにもう片方の自分の手の甲にそれを突き刺した。


「うぅ……ッ!」


 少女は激痛に歯を食いしばる。その手の甲からはドクドクと真っ赤な血が流れ出ていた。


「最初っから素直に命令を聞いてりゃいいんだ、お前はよぅ!」


 ダーズは愉快そうに水の入ったグラスを投げつける。頭からびしょ濡れになってもしかし、少女はなにも言わなかった。


 深い傷のできた自分の手を庇うように床に座り込むその少女を、ダーズは満足げに眺めて「ほらな?」と俺の方へと向き直る。


「コイツには馴染みの魔術師に頼んで【奴隷紋どれいもん】を付けた。俺に対して危害を加えてはならない、俺の命令に逆らってはならない、そして自害してはならないって契約でな。それを破ろうとするとコイツの全身に想像を絶する苦痛が襲い掛かり、その身動きを封じちまうのさ」


「そ、そんなものがあるんですね……。なるほど、確かにこれなら従順で便利な戦闘奴隷ができあがるってわけだ……!」


 自分たちの命令を絶対に守るワイハータウロス以上の力を持つ化け物、そんな手札があるのなら確かにあのハーフエルフもなんとかなりそうだと、俺の中の恐怖が少しだけ薄れる。


「少しは臆病さが抜けてきたようだな。やってやろうぜ、ケイン。ハーフエルフをとっ捕まえて大儲けしようじゃねーか。化け物には化け物をぶつけてよぅ、俺たちはその隙にハーフエルフ本体を叩いてやればいい。そうだろ?」


 ダーズの言葉に、俺は深く頷いた。その奴隷の竜人種ドラゴニュートといっしょであれば、本当に勝てそうな気がする。いくらあのハーフエルフが使う化け物が強かろうと関係ない。

 

 これでようやくすべての不安から解放されてグッスリと眠れる日が来る。ついでに大金持ちになる未来まで見えている……おいおい、これは俺の時代が来たんじゃないか?


 なんだか心が一気に軽くなるようだった。

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