第11話 一方その頃エルフの里では~その4~

 商人たちが不味まずいと言って突きつけてくる農作物は、確かにエルフの里で採れたものに違いなかった。

 

 しかしそれが不味いだと? そんなことあるはずがない。この里の野菜も果物も、人間の市場に出回っている他の野菜に比べたら一級品。非常に味わい深く、食べるだけで治る病気もあると言われるほどだ。


「なにかの間違いでは?」


「そう思うならアンタが食ってみたらいいだろうが! ほらっ!」


 突き出された果物に、思わず眉をひそめた。

 

 人間が手渡ししてきた果物を食べろというのか? 汚らわしい。だが、この場で食べないことには商人たちの怒りに収まりがつきそうになかった。

 

 果物を受け取り、そして服のすそで汚れを取るように軽くこすると1口かじった。


「なっ⁉」


 その果物は味がしなかった。いや、とても薄い甘さ。さらには水分量が足りていないのかスカスカで、とてもではないがいままでエルフの里で育てていた果物と同じ食べ物とは思えない。確かに不味いと言われても仕方なかった。


「これが……私たちの果物だと……っ? そんな、バカな……!」


「こっちのセリフだっ! こちとらアンタらの売り出す農作物に信用を置いて大金を払った身だぞっ? 全額返金してもらえるんだろうなぁっ?」


「そ、そうですね……ですが少しお待ちを。先に里長に報告をしなければ……」


「早く頼むよっ? こちとらこの里と自分の町を往復するだけで相当な労力がかかってんだからなっ?」


「……来賓らいひんの間へどうぞ。別のエルフに案内をさせますので。そちらでお待ちください」


 いったい、いったいなにが起こっている? 混乱する頭をフル回転させつつ、俺はいくつかの果物を持って早足で執務室へと向かう。入室の許可もなくドアを開いた。

 

「里長! お話がっ!」


「……ミルドルドくん。どうやらマズいことになっているようだな」


 シーガルが深刻そうな表情で俺を迎える。執務室のデスクにはすでにいくつかの野菜と果物が置いてあった。

 

 どういうことだ? 商人たちについての報告はこれからのはずだが……。

 

「さきほど休ませていた畑で育てた作物について、畑の管理をしているエルフから報告が入ってね。どうやらすべて失敗に終わったらしい」


「なっ⁉」


「驚くのも無理はないがね、私も実際に食べてみて分かったがどうにも味が薄い。パサパサとしていて実に美味しくなかった。これは市場に出せるものではない」


「そうでしたか……里長、実はこの前人間の商人に出荷したものについても同じ状況でして」


「なんだとっ? これまでの畑で育てたものもかっ!」


「はい……商人たちが全額返金しろと押しかけてきたのです……」


「むぅ……」


 シーガルは苦い顔をして腕を組む。


「それは返金するしかあるまい。我々の里に悪評を立たせるわけにはいかんからな。今後の取引にも関わってくる」


「そうですね……。畑の運営についてはどのようにしていきましょう」


「それについては先ほど畑の管理を任せているエルフと少し話をした。いままで1つの果実に集中していた土の養分や水分が、多く育てた他の果実に分散してしまったことが原因じゃないか、ということだった」


「では、栽培する農作物の個数は元に戻すということでしょうか?」


「いまできる対策はそれくらいになりそうだな……。まあしかし、休ませていた畑は使えるようにしたのだ。これまでの2倍の生産量にはなるはずだろう?」


「ええ、それは間違いなく」


 シーガルと2人、深くため息を吐く。


「それでは私は商人たちと話をつけてきます。待たせているままですので」


「ああ。相手は人間ではあるが貴重な貨幣の獲得源だ。くれぐれも丁重にな」


 シーガルの言葉を背に受け、退出する。

 

 まったく、暗澹あんたんたる気分だ。大きな取引を成功させることができたと思った矢先になんていうつまずき。これからは出荷する野菜のチェックは必須だな。だがそんなこと、果たしてラナテュールが居たときはやっていただろうか?


 っと、俺はいったいなにを考えているんだ……ッ‼ よりにもよってラナテュールの頃と比べるなど、あんな無能が農作物の細かな管理などしているはずがないだろうに!

 

「はぁ……」

 

 大きなため息が出る。いまの状況にだいぶ精神が参っているようだった。


「ミルドルド」


 商人たちの待つ部屋へと向かう途中、背後から声をかけられる。嫌な声だ。

 

 振り向いた先にいたのは思った通り。美しい銀髪を風にたなびかせ、そしてその大きな目で俺をにらみつけるエルフの聖女、アウロラだ。

 

「……なんのようだ。俺はいま忙しい」


「聞きましたよ。畑の管理改革に失敗なさったそうですね」


「チッ」


 地獄耳かこの女は。まだ俺とシーガル、それと数人のエルフしか知らない情報だろうに。

 

「フンッ! 別に改革自体を失敗したわけではない! 単に今回の農作物の仕上がりが良くなかっただけだ。この経験を生かして次に繋げることができれば、改革も成功となるだろうよ」


「果たしてそう上手くいくでしょうか」


「……なにが言いたい!」


 アウロラは、分からないのか? とでも言いたげに顔をしかめる。


「これまでラナテュールに頼り切りだった畑の管理を、どうしてなんの知識も無い我々がいきなり上手くできると思うのか、私にはそれが不思議でなりませんが」


「ラナテュールに頼り切りだった、だと……っ⁉ なにを言っている。アイツがなにをしていたというのだ! 畑に入っていく姿すら見た覚えがないぞっ?」


「ラナテュールはマナが見えますから。それの多寡たかで農作物のデキを判断していたのでしょう」


「またマナかッ! なににつけてもマナ、マナ、マナ、マナと! そんなに伝説にすがりたいのかっ? 俺はごめんだねっ! 農作業に必要なのはノウハウと化学だ、それだけを徹底すれば良い作物が収穫できるんだっ!」


 この世には物理法則の他に魔力法則があり、そしてその他にも解明し切れない不思議な力が多く存在していることは知っている。だが、その未知の力の1つをあの無能なラナテュールが使えるなんていうことは絶対にあり得ない。あんな植物狂いの変態ハーフエルフが、そんな特別な存在であるわけがないのだ。

 

 しかし、俺の力説をアウロラは鼻で笑った。


「農作業に必要なのはノウハウと化学……? 笑わせますね」


「なんだと……っ! これまでエルフが受け継いできた経験をわらうのか、貴様っ!」


「いいえ、ノウハウと化学の重要性は理解しておりますとも。ただ、ミルドルド。あなたの口からその言葉が出てくるのが、私には可笑おかしくて可笑しくて」


「なにが可笑しいッ!」


「1つ尋ねますが……ミルドルド、あなたは野菜や果物がたったの数日で実りをつけるなんて、本来あり得ることだと思いますか?」


 ……は? なにを言っているのだろう、この女は。

 

 あまりに予想外の質問に俺はしばらく沈黙してしまったが、そんなの答えは決まりきっていることだ。


「そんなの、【普通】のことだろう? 実際、これまでだってそうだったじゃないか。なぜいまさらそんなことを聞く?」


 アウロラは俺の答えを聞くと深いため息を吐く。


「……早くラーナを呼び戻すべきです。手遅れになる前に。まあ、こう言ってもあなたは聞く耳を持たないのでしょうがね」


 そう言って、彼女は背を向けて歩き出した。


「……なんなんだ! クソッ!」


 たった1回の失敗で足元を見る様な目をしやがって! 次こそは上手くいくに決まっている!


「まずは商人たちへの対応、その次に畑の管理者と打ち合わせだ。そもそもアイツらが収穫したあとの農作物の味をしっかりとチェックしていれば、こんなことにはならなかったんだ! 無能どもめ……これからは厳重な品質管理をやらせなければな……」


 これから片付けなければならない多くの仕事に気を重くしながら、俺は来賓の間へと向かった。

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